叶うわけもない想いは、伝えることすら迷惑になるだろう。
そう分かっていても。
どうして感情が溢れてしまうのだろう。
この身は、「忍び」。
貴方の慌しくも穏やかな日常を壊したくないから。
僕は、貴方に近づかない。
木立が色づき始めたある日。
忍術学園の昼下がり。
山田利吉は、父親の冬物の衣を持参して、学園を訪れた。
しかし、私室の障子を開けても、父親の姿は無く。
代わりに同僚教師が文机の前で、書を読んでいた。
「やぁ、利吉君。いらっしゃい。」
「これは、土井先生。お邪魔しております。」
きょろ…と室内を見渡す仕草の利吉に、土井は頷いた。
「あ、今私一人なんだ。山田先生に用事かな?」
「はい。あの、母の使いで父上へ冬物の衣を届けに参りまして。」
「山田先生は、乱太郎・きり丸・しんべエの補習授業でね。ちょうど裏々山あたりだろうな。案内しようか?」
親切にも腰を上げようとする土井を、利吉は慌てて止めた。
「いえ、今日は着物を届けることが目的でしたから。これを置いて失礼致します。」
「あ、うん。伝えておくけど…。まさかもう出立するのかい?」
利吉の多忙ぶり・仕事中毒は周知の事実ではあるものの、これではまさしく「とんぼがえり」である。
流石に驚いた土井が、
「…利吉君、軽身剤騒動以来、あんまり話もしていないし。お茶でも飲んで行かないかい?」
と、にっこりと利吉に微笑んで見せた。
利吉は、その微笑に一瞬ひるんだような表情を見せたが。
「すみません、でも…もう行かなくちゃ。」
口元に僅かな笑みを作り返し、その場を辞しようとする。
「そう、かい?寂しいな。せっかく会えたのに。」
「…こ…光栄です。土井先生にそう仰って貰えて…。」
どことなくぎこちない、噛み合わない会話に違和感を覚えて、土井が立ち上がった。
間近で交差する、漆黒の瞳と色素の薄いハシバミ色の瞳。
「社交辞令じゃないよ。じゃあ…利吉君、気をつけて。」
何かを言おうとしたようだったが、言葉は紡がれず。
そのまま利吉は深々と一礼し部屋を去った。
2へ続く