うりふたつ1


叶うわけもない想いは、伝えることすら迷惑になるだろう。

そう分かっていても。
どうして感情が溢れてしまうのだろう。

この身は、「忍び」。
貴方の慌しくも穏やかな日常を壊したくないから。

僕は、貴方に近づかない。









木立が色づき始めたある日。
忍術学園の昼下がり。

山田利吉は、父親の冬物の衣を持参して、学園を訪れた。
しかし、私室の障子を開けても、父親の姿は無く。
代わりに同僚教師が文机の前で、書を読んでいた。

「やぁ、利吉君。いらっしゃい。」
「これは、土井先生。お邪魔しております。」

きょろ…と室内を見渡す仕草の利吉に、土井は頷いた。

「あ、今私一人なんだ。山田先生に用事かな?」
「はい。あの、母の使いで父上へ冬物の衣を届けに参りまして。」
「山田先生は、乱太郎・きり丸・しんべエの補習授業でね。ちょうど裏々山あたりだろうな。案内しようか?」

親切にも腰を上げようとする土井を、利吉は慌てて止めた。

「いえ、今日は着物を届けることが目的でしたから。これを置いて失礼致します。」
「あ、うん。伝えておくけど…。まさかもう出立するのかい?」

利吉の多忙ぶり・仕事中毒は周知の事実ではあるものの、これではまさしく「とんぼがえり」である。
流石に驚いた土井が、

「…利吉君、軽身剤騒動以来、あんまり話もしていないし。お茶でも飲んで行かないかい?」

と、にっこりと利吉に微笑んで見せた。
利吉は、その微笑に一瞬ひるんだような表情を見せたが。

「すみません、でも…もう行かなくちゃ。」

口元に僅かな笑みを作り返し、その場を辞しようとする。

「そう、かい?寂しいな。せっかく会えたのに。」
「…こ…光栄です。土井先生にそう仰って貰えて…。」

どことなくぎこちない、噛み合わない会話に違和感を覚えて、土井が立ち上がった。
間近で交差する、漆黒の瞳と色素の薄いハシバミ色の瞳。

「社交辞令じゃないよ。じゃあ…利吉君、気をつけて。」

何かを言おうとしたようだったが、言葉は紡がれず。
そのまま利吉は深々と一礼し部屋を去った。



2へ続く

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