うりふたつ12


「ど、い…?」




傍観者となっていた御曹司は、利吉の口から漏れた恋敵の名前に驚き、
かすれた声を上げた。

その声に、土井もハッと我に返る。



これ以上の戦意がないことを伝えるため、覆面を取り去って。


散り惑う紅葉の下。
まさに瓜二つという言葉が相応しい、二人の男が対峙した。


敵意・殺気はなかった。
とは言え、利吉という存在を挟んで相容れない立場にある者同士。

簡単に言葉を交わすようなことはせず、胸中を探りあうような空気が流れた。








しばしの沈黙の後。
姿勢を正した土井は、強い意志の宿った瞳を御曹司に向け、明朗に言い放つ。








「彼を連れて帰ります。」







何の弁解もなく、ただそれだけだったが。
抱きかかえた利吉を扱う土井の仕草には、愛しさが表れており。
姿かたち、そして想い人さえ同じくした二人に、それ以上の釈明は必要なかった。




御曹司は、二・三度かすかに頷いて、口を開いた。


「しかし土井殿、私は利女吉に惚れている。いくら二人が両想いだと分かっても
 利女吉に別離の挨拶も出来ないまま、連れ去られるのは…。」
「…承服しかねると?」


土井の表情がわずかに強張る。


「無論。だが、利女吉の幸せのため、私は条件付きで身を引こう。」
「条件…。」
「貴公の気持ちを、きちんの利女吉に伝え、もう二度と先刻のような
 顔はさせないと約束して欲しい。」


利吉が本当に大事にされていたことを何よりも示す、言葉。
寂しさの中に優しさを湛えた眼差しが、利吉へ向けられる。
土井も、利吉へ視線を落とした。


「ええ、約束します。」
「約束を違えたならば、今度は、私が利女吉を連れて帰る。」
「…肝に銘じます。」

冗談とは取れない脅しに苦笑して、一礼する土井。
もう一度大事そうに利吉を抱えなおした後、御曹司の前を静かに辞した。





























「ん…。」



四半刻も経たぬうちに、利吉は意識を取り戻した。

けれどそこは、修羅場だった紅葉の森の中ではなく。
使われなくなって久しい殺風景な猟師小屋だった。


「え…っ!?」


事態を飲み込めず、跳ね起きる利吉の目に最初に映ったもの。
それは。


「気がついたかい、利吉君。」


傍らで優しく微笑む土井の姿だった。


「土井先生……!?」

ビクッと利吉の体があとずさる。
無意識に取られた距離。


「何で先生が…ここに…。…何で、私…。」


うわ言の様に呟く表情には、怯えと戸惑いばかりが浮かんでいたから。


「あのさ、利吉君…。」

改めて状況を説明しようと土井は利吉の方へ手を伸ばした。
ところが、利吉は聞く耳を持たず。
あたふたとその手を避けるように壁際へ後退し、


「あ!…お、御曹司は…?」


と、雇い主の姿を探すではないか。
土井は自分勝手にも強い嫉妬を覚えて、思わず眉を顰めた。


「…いないよ。」
「は…?」
「敵も一掃したし、話は私が済ませた。
 仕事が終わったんだから、御曹司の事はもういいじゃないか。」


知らず、声に剣呑さが混じる。
混乱するままに居た堪れなくなった利吉が、声を上げた。

「な…。よ、良くないですよ!スミマセン、何だかよく分かりませんが、
 私の仕事ですから、自分で終わらせてきます。これで」
「駄目だよ!行かせない!!!」


猟師小屋から逃げ出そうとするその華奢な肩を、土井は乱暴に掴んだ。
そして力任せに壁へ利吉の体を打ちつけた。


「ぅあ…っ」


後ろは壁。
両側は土井の腕。
囲い込まれた利吉は、ただ肩をすくめて凍りつく。


「利吉君!仕事中に乱入して勝手な真似をして悪かったと思ってるけど、
 少しは私の話を聞いてくれないか…!」


ままならないやり取りに、土井も声を思わず荒げる。
それが逆効果になると分かっているのに、
そこにいて欲しい一心で更に肩口を押さえつけた。


「…ッ!」


別人のような土井の態度。
射抜くような熱っぽい眼差しに、真剣な言葉。

身を滅ぼしてしまいそうな程、恋焦がれた人がすぐ前にいて。
普通、それはとても喜ばしいことの筈なのに。

利吉の心臓が、痛みを感じるほどに高鳴る。




“…まさか、御曹司との会話を…聞かれた…!?”


自分の想いが露呈してしまったのではないかという危惧ばかりが先立って。
利吉の背筋を、ぞっとする恐怖にも似た感覚が駆け上がった。


“…厭だ!”




父上に。

母上に。

学園の人々に。子供たちに。

知られたら。



いや、それより。


愛しい人に拒絶されたら。
迷惑になったら。
自分のせいで、平和な生活が壊れたら。



何よりも大切にすべき優しい笑顔が、なくなったら。



“厭だ…!!”












混乱する思考回路の中で。
穏やかに心の傷を癒してくれたその存在を求めて。


「…御曹司…っ」


咄嗟に再びその名が利吉の口を突いて出た。
母を呼ぶ幼子のような切ない声音を耳にして、土井の頭にカッと血が上る。


「君は!さっきから御曹司、御曹司って…!私に似た顔の男なら誰でもいいのか!」
「・・・!!」


土井の失言に、利吉の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。



「あ!」
「………っ」


途端に利吉の顔は、蒼白といって良いほど血の気が引いて。
暴れる身体から一気に力が抜けた。


「ッ!違うんだ、利吉君!」

そんな言葉で傷つけたいんじゃない!





うまく言えないと悔やむ間もなく、身体の芯に火がついて。
土井は、力いっぱい利吉を抱きしめた。







「私も君が好きなんだ!!」









そのまま激情にまかせて口付け、押し倒す。





「利吉君…!」
「ど、い…せんっ…!!ぁ…っ!!」




利吉に抵抗する隙さえ与えず。
土井は、乱暴に性急に歯列を割り込み、舌を絡める。

利吉の身体が、自分の身体の下で強張っているのを感じて、
それでもやっと手中に収めた利吉の肌を手放すことなど出来なかった。









13へ続く

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