「…ょ、ね…?」
何度目かの口付けの後。
利吉は流れる涙を拭うこともせず、呟いた。
「え?」
聞き拾えず、土井が体を起こすと視線が交わる。
涙に濡れた薄茶色の瞳と漆黒の瞳。
「…嘘でも、夢でも…ないですよね?」
おずおずと相手の真意を確かめるように問いかける。
まだ不安に揺れる瞳を覗き込んで、土井は言った。
「ああ、嘘でも夢でも、同情でも冗談でも無いよ。天地神明に誓って。」
その言葉を聞いて、目を伏せる利吉。
すぐには微笑み返せない。
ただ、精一杯土井の言葉に応えようと、男の胸元へ頬を寄せた。
「・・・盗み聞きのような結果になってしまったのは…弁解のしようがないけど、
あの時、君の気持ちを知って…すごく嬉しかった。」
「先生…。」
「好きだよ…利吉君…。」
「……。」
「…このまま、していい?」
「……。」
肌の紅潮が、土井の囁きに呼応して頬から耳朶、うなじへ広がる。
恋を知ったばかりの少女のような反応に、目を細めると同時に。
こみ上げる愛しさを抑えきれなくなっていく。
「返事してよ。利吉君。」
「………っ」
逸る土井の手が、ひたりと利吉の胸にあてられる。
鼓動の速さを知られ、羞恥に青年の長い睫毛が揺れた。
当てられた手はそのまま、ゆっくりと襟元へ滑り、
利吉の温かな肌へ触れる。
肌理の細かい、柔らかな感触はただ撫でるだけには惜しい。
土井は首筋に口を寄せた。
「…っ!せん…!」
はしばみ色の柔らかな長髪を、さかしまに手櫛で梳きながら。
なるべく不安がらせないよう優しく。
利吉の袴を解いていく。
羞恥心を刺激しすぎないように、小袖は前を肌蹴るに留めたが。
乾いた大地に恵みの雨が染み込むように。
土井からのわずかな愛撫にも、利吉の体は素直な反応を見せた。
この敏感さは、利吉に備わる生来のもの。
それが、気配を肌で感じ取らねばならない生業のせいで、
より研ぎ澄まされていて。
“これでは過敏すぎて、情事には不向きだな…。”
ふっと土井の心に点る、憐れみと悦びの火。
だからこそ溺れさせてみたいと。
自分から離れられなくなるような身体にさせてみたいと。
あらぬ誘惑さえ立ち上るけれど。
ようやく想いが通じ合ったのだから…と自戒する。
「君は可愛すぎるよ。つい、ひどいことをしてしまいそうになる。」
「・・・ぇ!?」
「大丈夫、今日は優しくするから。」
「今日は…って!……ん…!!」
物騒な土井の独り言に思わず眉をひそめるも、
抗議の言葉は口付けに吸い込まれ、利吉はすぐに力を失う。
「はいはい、お喋りはここまで。こっちに集中して。」
「…あ…っ」
ぐい、と互いの体が密着すると、布越しに伝わる確かな熱。
欲情を示す証。
まもなく陽も沈む黄昏時。
縺れ合うように唇を重ね、あとは感情の赴くままに。
土井は幾度も利吉を抱いた。
やがて明けのカラスがその一声を放つ頃。
利吉は目を醒ました。
すぐ横に土井の寝顔…と思ったら、彼もまた目を醒ます。
「おはよう、利吉君。」
その優しい笑顔に、利吉の心臓が高鳴って。
肌蹴けていた小袖の襟を慌てて掻き合せた。
「お、おおおはようございますっ」
そして、そのまま
「あ、朝ご飯・・・ど、どうしましょうね・・・っ?」
と言いながら褥を出ようと起き上がる。
土井は内心
“随分とまぁ初々しい…。”
その反応を楽しんでいたが、やはりもう少し
まどろみの中で昨夜の余韻に浸りたい。
土井は利吉を抱き寄せ、褥に体を横たえつつ囁いた。
「朝ご飯は、君。」
「・・・!!!!!!」
「なんちゃって。」
照れ笑うその笑顔。
涙の乾いた利吉の瞳に、もう
土井と御曹司が瓜二つに映ることはなかった。
終
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