うりふたつ13


「…ょ、ね…?」


何度目かの口付けの後。
利吉は流れる涙を拭うこともせず、呟いた。


「え?」

聞き拾えず、土井が体を起こすと視線が交わる。
涙に濡れた薄茶色の瞳と漆黒の瞳。


「…嘘でも、夢でも…ないですよね?」

おずおずと相手の真意を確かめるように問いかける。
まだ不安に揺れる瞳を覗き込んで、土井は言った。



「ああ、嘘でも夢でも、同情でも冗談でも無いよ。天地神明に誓って。」


その言葉を聞いて、目を伏せる利吉。
すぐには微笑み返せない。
ただ、精一杯土井の言葉に応えようと、男の胸元へ頬を寄せた。


「・・・盗み聞きのような結果になってしまったのは…弁解のしようがないけど、  あの時、君の気持ちを知って…すごく嬉しかった。」
「先生…。」

「好きだよ…利吉君…。」
「……。」

「…このまま、していい?」
「……。」


肌の紅潮が、土井の囁きに呼応して頬から耳朶、うなじへ広がる。
恋を知ったばかりの少女のような反応に、目を細めると同時に。
こみ上げる愛しさを抑えきれなくなっていく。 


「返事してよ。利吉君。」
「………っ」


逸る土井の手が、ひたりと利吉の胸にあてられる。
鼓動の速さを知られ、羞恥に青年の長い睫毛が揺れた。

当てられた手はそのまま、ゆっくりと襟元へ滑り、
利吉の温かな肌へ触れる。

肌理の細かい、柔らかな感触はただ撫でるだけには惜しい。
土井は首筋に口を寄せた。


「…っ!せん…!」

はしばみ色の柔らかな長髪を、さかしまに手櫛で梳きながら。
なるべく不安がらせないよう優しく。
利吉の袴を解いていく。


羞恥心を刺激しすぎないように、小袖は前を肌蹴るに留めたが。
乾いた大地に恵みの雨が染み込むように。
土井からのわずかな愛撫にも、利吉の体は素直な反応を見せた。

この敏感さは、利吉に備わる生来のもの。
それが、気配を肌で感じ取らねばならない生業のせいで、
より研ぎ澄まされていて。



“これでは過敏すぎて、情事には不向きだな…。”


ふっと土井の心に点る、憐れみと悦びの火。

だからこそ溺れさせてみたいと。
自分から離れられなくなるような身体にさせてみたいと。
あらぬ誘惑さえ立ち上るけれど。
ようやく想いが通じ合ったのだから…と自戒する。


「君は可愛すぎるよ。つい、ひどいことをしてしまいそうになる。」
「・・・ぇ!?」
「大丈夫、今日は優しくするから。」
「今日は…って!……ん…!!」



物騒な土井の独り言に思わず眉をひそめるも、
抗議の言葉は口付けに吸い込まれ、利吉はすぐに力を失う。


「はいはい、お喋りはここまで。こっちに集中して。」
「…あ…っ」



ぐい、と互いの体が密着すると、布越しに伝わる確かな熱。
欲情を示す証。



まもなく陽も沈む黄昏時。
縺れ合うように唇を重ね、あとは感情の赴くままに。
土井は幾度も利吉を抱いた。










やがて明けのカラスがその一声を放つ頃。



利吉は目を醒ました。
すぐ横に土井の寝顔…と思ったら、彼もまた目を醒ます。


「おはよう、利吉君。」

その優しい笑顔に、利吉の心臓が高鳴って。
肌蹴けていた小袖の襟を慌てて掻き合せた。



「お、おおおはようございますっ」


そして、そのまま
「あ、朝ご飯・・・ど、どうしましょうね・・・っ?」
と言いながら褥を出ようと起き上がる。
土井は内心

“随分とまぁ初々しい…。”

その反応を楽しんでいたが、やはりもう少し
まどろみの中で昨夜の余韻に浸りたい。

土井は利吉を抱き寄せ、褥に体を横たえつつ囁いた。


「朝ご飯は、君。」
「・・・!!!!!!」
「なんちゃって。」




照れ笑うその笑顔。




涙の乾いた利吉の瞳に、もう
土井と御曹司が瓜二つに映ることはなかった。














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