うりふたつ9


“とにかく…利吉君に会おう。”



はやる心を抑え、気配を殺し。
土井は、風上から微かに流れてくる声を聞き拾って、峠道を急いだ。





そして、藪を潜り抜けたその目に飛び込んできたものは。

“…!”

松に紅葉、いちょうに楓、いずれ劣らぬ綾錦。
極彩色の林に佇むもう一人の自分と、寄り添う艶やかな利吉の姿。

景色の開けた丘陵に設けられた宴席は、三方を几帳で囲んだだけの簡素な調度のみ。
供回りもたった二人、遠く離れた場所で静かに控えているだけ。

見事な、絵巻物のごとき光景だった。


しかも。
御曹司と呼ばれる男の視線には、どう見ても演技とは思えない温かな愛情が流れていた。
利吉も、その愛情に控えめだが幸せそうな微笑を返している。







“…そういう、ことか。”

直感的に土井は理解した。

どんな経緯があったか知らないが、
御曹司は利吉君の正体を知っていてなお彼を愛しているし、
利吉君も多少それを意識している。

「利女吉」という、本名に近い名を捧げてもいいと思えるほどに。

そして、派手な噂も、無防備な少人数での行動も全部
御曹司と利吉君の、確かな実力と信頼ゆえの計画なのだと。


その二人が危険を覚悟で何かと戦おうとしている時に、
物知り顔で説教なぞ出来る訳がない。







“…とんだ一人相撲だ。”

土井は細く諦めの息を吐く。
当初の目的である御曹司とやらの顔も見ることが出来たのだから、
出歯亀もいい加減にして帰ろう…そう思った。


苦々しく胸に広がる、敗北感に気づかないふりをして。
身を寄せ合う二人に背を向けた。








けれど、次の瞬間。御曹司の発した一言が土井の足を止めた。

「そう言えば…土井、だったっけ?」

“え…!?”

急に自分の名前が聞こえ、ギクリと振り返った。
気配を察知された訳でもないらしいが、焦って耳を澄ます土井に、衝撃の一言が待っていた。

「君は、その…土井とかいう人物が好きなんだね。」
「御曹司…何を突然…。」
「だから瓜二つの私の側にいることを了承した。違うかい?」


苦笑しながら、御曹司は戸惑う利吉を抱き寄せた。


「最近やっと気づいた。」


あやすように髪を撫で、慈しむように額に口付けを落とす。
その優しい行為に耐え切れず、観念した利吉は悲しそうに表情を歪めた。


「…お許し下さい…。」

そして御曹司の小袖を握り締め、涙を隠すようにその胸へ顔を埋めた。

「道ならぬ恋に、叶う事のない想いに、どうして良いか分からなかったのです。
 そんな時に御曹司と出逢いました。あの人に似た姿で、声で…愛して貰えて
 嬉しかった…。」



そこまで聞いて、土井は思わず身を乗り出した。

“利吉…くん…!”

初めて見る利吉の涙。初めて聞く利吉の弱音に触発されて。
今更自覚した愛しさに、心がどうにかなりそうだった。


変われるものなら、今すぐ利吉を抱きしめてやりたい。
両思いなのだと安堵させてやりたい。
苦しませてごめんと、謝りたい。

しかし、今出て行くことなど出来ない。
涙を拭いてやることも出来ない。


“…何で、こんな!!”


土井が我が身の不甲斐なさを痛感したその時。



遠くで鳥が一斉に飛び立った。

御曹司の腕の中、涙に濡れた瞳で利吉は微笑む。

「どうしようもなくて荒み疲れていた心を救って下さったのは、御曹司、貴方です。
 私はあの人が好きだから、貴方のためにこの先を生きることは出来ません。
 でも、貴方を護るためなら、今命をかけても惜しくない…。」

そうして利吉は立ち上がる。
視線の先には、飛び立った鳥たち。



ほどなくして、一人の男がやって来た。

「もし。手前どもは諸国を旅する猿楽一座でございます。
 キノコ峠にて御曹司様が紅葉の物見遊山と聞き及び、
 先ごろ都で流行りました舞を御覧頂きたく参りました。」



10へ続く

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