チョコの行方1


その日はたまたま


きり丸が乱太郎の家に遊びに行っていて
天気が良くて
何もすることがなかったから

少し足を伸ばして、市中をブラブラしていた。


バレンタインが近くて、チョコレート売り場は
妙齢の女性がたくさん集まっている。


25歳・独り者の私にとっては、毎年
くの一教室から貰う義理チョコがせめてもの慰め。

「今年も、関係ないなぁ…」

と横目に流し見て通り過ぎようとした。



…その時だ。


リボンでラッピングされた包みを持って
人だかりから、ふっと出てきた人物。

桜と薄紫色の小袖姿は、一見年頃の美少女だが
実はよく知る同僚の息子さんである。


「利吉君!?」


まさかの展開にうっかりと、
素っ頓狂な声を上げてしまっていた。


「ど!土井、せん…!?」


その時の利吉君の表情たるや、壮絶で。


まだまろみの残る頬に、「ぎゃっ!しまった!!!」という
激しい後悔の文字が見て取れるようだった。



…まぁ私としては、単純に驚いていただけで。

同僚である山田先生の息子、利吉君は
こう言ってはなんだが結構硬派な子だと思っていたから。


「君…こんなところで何してるの?」


興味本位で聞いてみる。

「…いえ…その…」
「あ、言いたくなければ…別にいいんだけどさ。。」


つい先日学園に来た際、
しばらくは休めるのだと言っていたから、仕事中じゃないハズ。
つまりプライベートで女装して、
女の子たちに混じってチョコレートを買っていることになる。


この店のチョコレートが、そんなに食べたかったのだろうか。



顔を青くしたり赤くしたりで忙しなく、
瞳を泳がせる君に。



「何か意外で…ごめ、あはは!!」

こらえきれず、私は吹きだした。

「君ならわざわざ買わなくたって、たくさん貰えるだろうに。」

とフォローを入れたつもりだったのだが、


「違っ!これ、自分用じゃありません…!」
「えっ?」
「…っ。」


憮然としてうつむく君に、
今度は私も笑いが消えて、きょとんとしてしまった。


誰かにチョコをあげるため。
だから恥を忍んで女装してまで、買いに来ていたのか。



“なんだ…”


どうも私は、とことん野暮なタイミングで、
声をかけてしまったらしい。

確かに顔を真っ赤にしてチョコレートを抱きしめる様子は、
どこから見ても立派な「恋する少女」。




「あ…そ、そうなんだ…。」

とりあえず苦し紛れに言葉を返すが、途端に
顔の筋肉が思うように動かなくなったのは何故だろう。
しかもさっきまでの可笑しさはどこかへ消え、
喉までヒリヒリと痛み出す。


利吉君ほど容姿に優れ、
心根の一途な子から念弟の申し出をされたら
たいていの男は喜んで念兄になることだろうし。


「うまく…いくといいね。」

得体の知れない動揺を隠しながら、
作り笑いで彼を励ます。



すると君は、刹那、

――――どうせ無駄になるんですけどね。

消え入りそうな声で呟いて
とても哀し気に微笑んだ……ように見えた。



「…ぇ…?」
「いえ、ありがとうございます。では先を急ぎますので!」

と一礼し、取り付くしまなく、するりと脇を駆け抜けていく。



風を切るような身のこなし。

なびく前髪が、うすもののように流れて
君の表情を垣間見せた。

それは、視界で捉えた一瞬の君の残像。



泣きそうな、顔だった。


「!?」

私は瞠目する。

無駄ってどういうことだ?

結末が分かっているような口ぶりは、何だ?

なぜそんな哀しそうな顔をする?



分からないことだらけの中で、
唯一つはっきりしていること。



“そんな顔されちゃ、放っておけないだろう!”

反射的に体が動く。



逃げるように走ってゆく君を、
私はただ追いかけた。









2へ続く

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