チョコの行方2


さっきまでの晴天が嘘のように、
陽が翳り始めた。


途中何度か呼び止めようとしたのだが、
少し猫背気味に路を急ぐ君が泣いているようにも見えて。


躊躇われた。何より。




“…無防備な。”


私が後ろから追いかけていることに
利吉君は気付いていないようだった。

立ち止まったら最後、動けなくなるわけでもあるまいに、
ただ駆け足で進む。




それが何となく、利吉君の生き方そのもののようにも思えた。




空はいよいよ暗くなり。
彼方で遠雷が光っている。

市中を離れて間もない、里山近い場所。



やがて利吉君が足を止めたのは、鄙びた寺の門前だった。

手入れの行き届いていない生垣からは、
檀家・信者の少なさが窺い知れて。



“荒れ寺に…チョコレート?”

利吉君の持つ赤い可愛らしい包みが
ひときわ浮いて、疑問を抱かせる。



さらに折り悪く、霧雨が降り始めた。


傘を持たない利吉君だったが、気に留めるふうもなく。
正門の脇、くぐり戸を開け入っていく。


砂利を踏みしめる足音が遠ざかるのを待って、
私も中に入った。



真新しい足跡が砂利の上に浅く残されている。


ただしそれは本堂のほうではなく、
またさらに脇の…竹林に挟まれた小路へ続いていた。



雨の到来を知ってか、竹は騒々しく頭上で揺らぐ。


“僧侶と会うわけでもなく、境内での待ち合わせでもない…
 一体、どこへ?”

予断ばかりが先行するが、私とて傘を持ってはいない。
本降りになる前に、さっさと事の顛末を見届けないと
出歯亀の上に濡れ鼠なんてお笑い種だ。



とはいえ…私も年長者であるし?

もし相手の男が理不尽に利吉君を傷つけるような態度を
取っているのであれば、制裁の一つも加えてやろうか。

幸い、市中に戻れば自宅だって遠くない。
事と次第によっちゃあ、傷心の利吉君を家に泊めて
夜通しグチを聞いてやるとか…?



なんて、思うが。


“…まだ、利吉君が振られると決まった訳じゃないのにな。”


妄想がすっかり自分の都合のいい方向に
膨らんでいることに気付き、かぶりを振った。



察知されないよう、歩を進めると。
程なくして眼前に現れたのは。


竹林の只中にぽっかりと佇む、寂れた墓地だった。




「…今年も、来てしまいました。」

手前の大きな墓石に隠れて見えないが、
よく通るその声は…紛れもなく利吉君。
他人の気配は―――――ない。



“ふーん、…なるほどね。”


事情を知らぬ私でも、ここまで来れば流石に
利吉君のお相手が、もはや鬼籍の人だと推測できた。

気の毒だとは思うが、どこかほっとした自分がいる。
この些細な安堵が何を示しているか…

…今は明言できる段階じゃない。



もののついでで、ここがさる守護代の菩提寺だと
いうことを思い出す。
2年ほど前、下克上であっけなく彼らは離散したため、
今は訪う者も少なく、こんな荒れ寺まがいの状態なのだろう。



少し身を乗り出すと、
墓前に身を屈め、手を合わせる君の姿が目に入った。


いつもにましてその肩は細く。
ふと、思う。




君がいつまでもフリーなのは、もしかして。

もしかして…仕えると決めた主を失った…からではないかと。




「…どうぞ、安らかに…。」

供えられたチョコレートを見つめる瞳が、切なげに伏せられた。


私の知らない、君の記憶が。
霧雨と言葉を伝ってにじみ出ているような。


激情を静かに押し殺した、
普段学園では聞けることのない、利吉君の声音だった。








3へ続く

inserted by FC2 system