ゆくとし くるとし


年末は、あれやこれやで忙しい。



うっかり怒鳴ったり、声を荒げたりすれば
敏感な子供達は、すぐ怖気づいてしまうから。


気をつけてはいるけれど
“心を亡くす”の文字通り、
忙しさは知らず人間の感情を狂わせる。


「センセ〜…大掃除で指、ケガしちゃった〜…」
「土井先生!しんべヱが!!」
「先生〜!今度のテストってー」


わらわらと走り寄ってくる子供達を見て、
持病の胃痛が、さらにギリギリと悲鳴をあげる。


「だーっ!!!もう!!!
 お前らちょっとは自分たちでかんがえろっ!!」



思わず出た鋭い一喝に、子供たちの動きがぴたりと止まる。

「!!!」


あ。
まずい。

まずい表情だ、と瞬時に後悔が走り抜けて。


「…って…いやスマン。順番に…話してくれないか。」


落ち着いて、少し抑えた声で言い直す。
警戒を解いた子供たちに順番に指示を与え、
無事、蜘蛛の子のように散っていったのを見届けた。




そして。

「はぁーーーー…」


大きくため息をつく。

自分のまとう空気が、とても
険悪なものになっているようだ。


教師だからと自覚しているが、
いつも笑顔でいられるわけじゃない。
いつも先生でいられるわけじゃない。



寒さが余計。
今日の雨は、とどめ…だ。



その場にずるすると座り込む。
ひと気のない教室に一人。




そんな時、思い浮かべるのは。

透き通るような浅葱の小袖。
柔らかな、はしばみ色の長い髪。

すらりとした立ち姿を脳裏に描く。



…会いたい。




…会いたい。




でも、学園を離れることは出来ない。






…会いにきてくれ。



なんて他力本願。



君とて忙しいだろうに。
分かっている。

分かっているけれど。


恋しくてしょうがない。



無事なのか?
どこにいる?

…誰といる?


不安、焦り、嫉妬に、奥歯を噛み締める。


今この場に
君が隣にいてくれたら。



どんなに。






「土井、せんせい?」

「…え。」


恋焦がれたその声が、突然降って来て
目を見開いた。

顔を上げれば、そこには君。


「ゆ、め?…これは夢か!?」
「ちょっと、土井先生!
 夢じゃないですよ。本物です。」


君は、しゃがんだままの私の頬を、
うにっと笑顔でつねってくる。


「そっか…利吉…くん、来てくれたんだ…。」
「はい。」


にこりと微笑むその仕草にさえ、
心臓がぎゅうと高鳴った。


「あー…」
「先生?どうかされましたか?お加減でも…」
「いや…そうじゃなくてさ。」



会いたくて
会いたくて
その本人が会いに来てくれて
今目の前にいる。


嬉しさに言葉が出てこない。


「…周り、誰かいる?」
「いえ?どなたも…ってぅわぁ!!!!」


その言葉に理性がぷつりと切れて。
立ち上がって、思いっきり君を抱き締める。


腕に収まる、君のカラダ。
顔を寄せると、君のにおい。


するとあっけなく。
胸でぐるぐる渦巻いていた苛立ちが消えた。


嘘みたいに、安心する。

「ちょっと、土井先生!こんなとこで!」
「ふふ」
「!?」



今年もあと少し。
忙しい日々に追われて、どうせきっと
あっという間に終わってしまうんだ。


でも、君に会えたから。

私はその忙しない毎日を愚痴ることなく
ちゃんと愛しいと思って過ごしてゆける。


「ちょうど会いたいって思ってたんだ。」
「そう、でしたか。」


答える君の声に、照れが混じった。


「いつも有り難う、ここに来てくれて。」
「いえ」
「いつも会いに行けなくて…ごめん。」
「…いえ」


おずおずと私の背中に手を回す君。

いつまでもこうしていたいけれど。



「土井先生〜!」

遠くで子供たちの探し声が聞こえてきて、苦笑する。


「時間切れ…ですね。」
「まったく、情緒のないやつらだ。」


「あの、土井先生…また年始のご挨拶に…伺っても良いですか?」
「ああ、勿論!大歓迎だよ。」
「ありがとうございます!」


次の約束が出来たことが嬉しい。
現金にも、その約束を糧に年末を乗り切れそうだと思った。


「…その時は…その、ゆっくり…話せるかな。」
「はい!」

近づいてくる足音。


最後に。


「!!!」


かすめるように、君の口唇を奪って
離れ際、囁く。

「次会う時は、姫始めだね。」
「っ!?」

そして何事も無かったかのように、教室から顔を出した。


「なんだ?お前たちどうかしたのか?」
「あっ、土井先生〜!」

廊下を走ってくる生徒たち。


ちらりと振り返ると君はいない。
きっと照れて、窓から出て行ってしまったんだろう。


「学園長先生が、庵まで来てくれって。」
「ああ、解った。ありがとう。」


すんなりと笑顔で、子供たちに礼を言う。

「・・・先生、なんか良いことあった?」
「ん?」
「ちょっと嬉しそうだから。」
「まぁな。新年が楽しみだなーと思ってさ。」



やっぱり子供は、ちゃんと感じ取るんだなぁと思いながら。
私は、庵へと歩き出した。
















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