君にラッキョの花束を 10


そして時間は残酷に平等に過ぎ、
次の夜がやってくる。


とりあえず小袖が出来上がるまでは…と
茶屋の店主がお休みをくれて、
日がな一日、部屋で縫い物。




だいたい予告通り、大木先生が来るかどうかなんて
分からないのに

「また、明日夜来る。それまでに仕立て、しあげといてくれ。」

私は、律儀にも先生の指示を達成すべく
昨日から夜なべして小袖を仕立て上げていた。



おまけに今。
あきらかに普段より多い量のご飯を炊いている。
煮物も吸い物も…二人前。


“…いや、別に楽しみにしてるとかじゃなくて!”


競合店に対抗する策をもらったし。
生地代を払ってもらったし。
父上の女装を回避する口実になってもらったし?


なんだかんだ世話になっている気がして、
少しでも借りを返しておきたいだけだ!
と自分を諭す。


こみ上げる気まずさに、枕屏風へ掛けた小袖を見やれば。
薄紫に桃色、山吹色の花が散るそれは、
どことなく選び主の到着を待ちわびているように見えた。






次の瞬間。
ガタンと音がして、腰高障子が開いた。


「よう。」

夕闇を背に立っているのは、予告通りの大木先生。
心臓がぎゅっとなるのは、不安と戸惑いのせいに違いない。

そんなこっちの気持ちなど知らぬ先生は
慣れた仕草で草鞋を解いた。


「晩飯時に…悪い。」
「いえ、先生…お食事は?」


箱膳を出しながら、問いかけると。

「あ、そういやまだだが気にするな。
 帰り道に携帯食でもつまむ。」


けらけらと笑う大木先生。

案の定と言うか無頓着と言うか。
はいそうですかと・・・私一人で食事出来る訳もなかろうに。



「…あの…先生の分も…ありますから、宜しければ一緒に。」
「わしの!?」
「え、はぃ…。」



大木先生は、瞬時ぽかんとしていたが、
すぐにニッと笑って手を伸ばしてきた。

無意識に肩がすくむ。


「ありがとな。」


何度目になるだろう。
大きな手に、頭を撫でられた。

「……っ。」
「あ、だが先に小袖のお披露目だぞ。」
「う。」
 
先延ばしには出来ないらしい。
しぶしぶながらも約束…ということで、
私は屏風の後ろでもそもそと着替え、

そして大木先生の前に出た。









…ところが。開口一番。

「うーん・・・お前…・・・華奢じゃの。」


大木先生は口をへの字に曲げたまま、つぶやくではないか。
しっくり来ない、と顔に書いてある。


“まぁ確かに…。。”

詰め物をしていないから身幅が余っているのと、
折角買って貰った生地だからと、
検尺を一部無視した裄丈が長すぎた。


“でも…っ”

…綺麗だとかお世辞を期待してた訳ではないけれど、
こうもあからさまにガッカリされると、
それはそれで何だかカチンとくるものだ。


「め、目立たない程度に肩上げすれば、もう少しマシになるでしょう。」

小袖を脱ぎ、襦袢姿のまま、作業に取り掛かった。



「そうだな、どうもお前は大人びていて年齢を忘れそうになるが…
 まだ…ようやく15、だもんな。」
「15でも、もう元服している武家の子だっております。」

「忍術学園じゃ、やっと5年生だがなぁ?」
「私は学園の生徒ではないですから。」


子供だと思われているのが面白くなく
口答えする私を


「そうそう、惜しいよなぁ。」
「え?」

微笑んだ優しい目で、覗き込む大木先生。




「お前が生徒だったら、毎日一緒にいられるのに。」


一瞬呼吸が出来なくなった。

「…な」

何を…言ってる、んだろう。この人は。
何で、そんなことを言うんだろう。この人は。





動揺に手元が狂い、チクリと縫い針が自分の指を刺した。

「っ!」

ぷくりと血が滲む。
さしたる傷ではないが、買ってもらった生地が
汚れては…と慌てて手を

離した ら。

瞬間、掴まれた。
大木先生の手に。


「え…っ」

そして指はそのまま、先生の口元へ運ばれ。



ちゅ…


「!!!!」

温かな感触と共に濡れた音がして。
ぞくりと何かが肌の表面を駆け上がった。



「ぅあ…っ!!!!」
「おい、コラ」


咄嗟に腕を振りほどくと
大木先生は片眉を少し上げて不満を見せた。


「なんだよ、消毒してやってるのに。」
「しょ、しょう、どくっ・・・・て!」


消毒された左手のひとさし指と、無駄に高鳴る鼓動が歯がゆい。
たぶん、顔を真っ赤にして口をパクパクしていたんだろう。
指をさして笑われる。


「ははは!金魚のようだぞ。」
「だ、だってそれは先生が!」
「・・・初心なお前が悪い。」
「はぁ!?」

ふん、と鼻であしらわれて。

恥ずかしさと悔しさで、ついつい前のめりになったところで
煮物の木蓋がカタカタと鳴り、食べごろを知らせてきた。

我に返る。

「いけない!鍋!」


わたわたと大木先生から体を離し、竃へ走った。








11へ続く

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