君にラッキョの花束を 11



取り乱した表情を見られないよう背を向けて
お碗に煮物を取り分けながら。


“なんなんだろう、この人…!”


私は心の中で叫んだ。

向けられる笑顔はあまりにも優しく、
投げかけられる言葉はいちいちドキリとするほど甘い。

挙句の果てには、指まで舐められて
これで取り乱さないほうがどうかしているだろう。


と思うのに。
抗議をしようものなら、一方的に慌てるこちらが
おかしいかのようにからかわれてしまうんだから。


“一体どういう神経してるんだ……
 …って、あれ?もしかして…”



そこでふと、私は思い至ってしまった。


今までの言動は全て、子ども扱いというより
「単なる生徒扱い」なのではないか、ということに。

学園生活をしていた訳でも担任教師がいた訳でもない私は
父親以外の「先生」が普段どんな風に生徒に接しているのか
正直、よく知らない。


だが大木先生が無意識に、教師目線で
私と接してしまっているだけだとしたら。


“……今までのお節介気味な言動も、辻褄が合う…”

大木先生は、大勢の生徒たちの一人として
「山田利吉」を見ているんだ、と思った。


もし自分が学園に通っていて、担任がいたとしたら
こんな感じだったのかな…という思いも過ぎるけれど、
過去の仮定など詮無き事。

それに。

“勝手に生徒扱いされても…な。”


今まで学園に入ることなく修行を重ね、
やっと独り立ちを控えたこの時期に、
突然現れて「先生」ぶられても困るのだ。

優しい眼差しと真っ直ぐな言葉ですら、
今の自分にとって、戸惑いを生む以外の何物でもない事実。

煮物の盛り付けが終わる頃には、頭はすっかり冷えて
やっぱりあまり関わるんじゃなかった、という後悔さえ
じわじわと胸に染み出していた。






そんな感情を抱えたまま

「…有り合わせですがどうぞ。」

何食わぬ顔で、大木先生の前に膳を差し出すと
先生は「おお、こりゃ豪勢な」と大げさに喜んで箸を取る。

立ち上る湯気に重なる「いただきます」の声は、
平穏そのものの食卓。


相変わらず会話もあまりなかったが、
カチャカチャと食器の触れ合う音だけが続くこと暫し。




漬物を齧りながら大木先生がぽつりと言った。


「明日からだな。……頑張れよ。」
「……え……あ、はい。」

「それから、気をつけろよ。」
「?…何に、ですか?」

「客に、さ。女装姿、思った以上に似合っていたからな。
 男どもが放っておくまい。」
「……え」

冗談かとも思ったが、その横顔はやけに真顔で。
私は耳を疑った。

と同時に。

冷めたばかりの思考回路にパキッと
ヒビが入ったのが自分でもよく分かった。


「はは…それは、ご心配どうも。」


もともとの女装の元凶が、この期に及んで何を言い出すのやら。
乾いた笑いが喉から零れ落ちて。

おまけに心配の内容が「男に気をつけろ」とは聞いて呆れる。

こんな馬鹿げた心配までされるなんて、
そこまで私は頼りなく見えるのだろうか?

…なんて苛立ちへと変化してゆく。


第一、私は学園の生徒ではないのだ。
まして、大木先生の生徒でもない。
いまさら、なりたいとも思わない。

どこにも属さぬ忍びとして生きていくのに。
教師面して心配されても…混乱するだけ。

だから。

大木先生に要らぬ心配をかけないためにも。
自分が要らぬ混乱をしないためにも
この辺で茶番はお終いにして、きちんと距離を取るべきだ
と意思を固める。




そして食事を終え、大木先生が学園へ帰ろうと外へ出た時。
私は改まって頭を下げた。


「今までご助言、有り難う御座いました。」
「!」

その発言の意図が単なる社交辞令ではないことに気付き、
振り返る大木先生。

少し見開かれた目を、今度こそ逸らさずに見詰め返す。
静かな覚悟を以って。


「明日よりまた、自分の力のみでどこまで出来るか
 試して行きたいと思います。」

「……厭な思いをさせたか?」

「いいえ。誤解を与えたなら申し訳ありません。
 ただ私は学園の生徒ではないですから、
 そもそも大木先生に心配頂くべき立場にないのです。
 これ以上のご厚意は、甘えのもと。どうぞご容赦下さい。」


丁寧だが異論を拒む口調で話せば、
さすがにもう、からかうような態度は見せてこない。

有り難う御座いました、ともう一度礼を述べ、
まだ長屋の前から発ちかねている大木先生の視線を断ち切るように
内側から腰高障子を閉めた。

「………分かった。飯、馳走になったな。」

障子越しによく通る、落ち着いた声音。

「気をつけて、お帰り下さい。」

返事はそれだけしか言えなかった。

日も沈み、一段と暗くなった部屋で
私は、ただ遠くなっていく大木先生の足音を聞いていた。









12へ続く

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