君にラッキョの花束を 12



そうして。


夜なべの甲斐あって、完成した小袖に袖を通し、
女装で店へ出る日々が始まった。


「いらっしゃいませ〜!」


道行く参拝者たちに声をかけ、
視線を合せてニッコリ微笑む。

それだけではない。

くのいちである母から教わってきた仕草や物腰、
褒め言葉に至るまで…手練手管を忠実に実践すれば、
人々は足を止め、その噂がまた人を呼んだ。

もともと店で出している茶は質の良いもので、
淹れ方にはちゃんとこだわっているし、
饅頭つきでなくとも飲む価値はあると思う。


女装を始めて一ヶ月経つ頃には
競合店が出現してなお以前以上に客足も増え、
近隣諸国の情勢も豊富に入手出来て。

計画は一応の成功を見せていた。



ただ商売が順風満帆である一方で。

単独行動を主にしていた身では
大勢の客に愛想を振りまき、囲まれ続ける…
という状況が思った以上に疲弊するものだった。

しかも拍車をかけるように
「利子」を見初めて熱心に口説いてくる常連客まで出始める始末。

まぁ百歩譲って、店に足繁く通ってくるのはいい。
けれど、営業が終わった後、長屋の前で待っていて
文だ、簪だ何だと押し付けて来られるものだから堪らない。

正体がバレるのを危惧すると、なかなか素の姿にも戻れない。
結果的に、気付けば女装で生活する時間のほうが多くなっていった。





「……疲れ、た…」


仕事を終え、ようやく気配の消えた長屋の一室で
灯りもつけずに私は座り込む。

作られた「利子」への恋文など、正直馬鹿馬鹿しくて、
目を通す気にすらなれなかった。

大木先生はあれからピタリと姿を見せなくなったけれど、
あの時の忠告が現実味を帯びてくるのが分かる。


自分一人で、“情報収集”という目的達成のために
精一杯手段を選ばず努力しているというのに。

もっともっと知識も、情報も、技術も吸収して
誰にも頼らず、どこにも属さぬ忍びとして、強くなりたいのに。


こんな色恋沙汰に巻き込まれて消耗しているなんて
滑稽にも程があるだろう。


理想に遥か追いつかない、我が身の現状が疎ましかった。
悔しさに目頭が熱くなるのを感じるが、
泣いてなるものかと息を噛み殺した瞬間。


ケホ・・・ッと咳が出る。

「?」


喉に違和感。
さては感冒でもひいたかと、厭な予感を打ち消すように。


“冗談じゃない、体調崩している場合じゃないんだ…”


疲れた体をそのまま夜具へ潜り込ませる。


眠りに落ちてゆく意識へ、
長屋の障子を揺らす風が梅雨の訪れを知らせていた。








13へ続く

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