君にラッキョの花束を 14


「頭…いた…」

寺の閉門と同時に、茶店を閉め、長屋へと帰る。
昼間無理を押したツケが回ってきたようで
頭痛だけでなく体の節々が鈍い痛みを持ち始めた。


早く横になりたいと思うが、その前に。


“…さっさと片付けないと…やばいな。”


痛む頭を抱えて前方を見れば、
長屋の入り口に男の影。
恋文の答えを待っているのだ。


「利子さん…!」
「お待たせしてすみません。」


こちらに気付いた男は、待ちきれないとばかりに
駆け寄って正面に立つ。


向けられる視線が。
絡み、纏わりついてくる下心が。
気持ち悪くてしようがない。

忍びの修行を始めて以来、人の気配に敏感になった。
それは当然大きな武器となるが、こういう時
心底その敏感さを呪いたくなる。

男は私より上背があるため、間近に立たれると
自然、威圧感も増した。


「それで、返事は…?」
「…お気持ちはとても嬉しいのですが、
 貴方と添い遂げることは叶いません。」

きっぱりと言い放つ。
その間にも体調がどんどんと悪化していくのが分かり、
口調が厳しくなるのを必死で押さえた。


「そんな…!」


まるで思いが通じ合うものと信じきっていた、男の表情。
自分勝手な思い込みに過ぎぬのに、“裏切られた”とでも言いたげな。


「申し訳ございません。取るに足らぬ茶屋の下女と、
 どうぞこのままお捨て置きください。」


そして深々と頭を下げ、身を低くしたまま、
二の句が次げないでいる男の脇を通り過ぎる。

心の中では蔑んでいるとはいえ、相手の顔を立ててやったのだ。
もう十分すぎるほど精一杯の礼儀を尽くした、と思った。


足早に男に背を向け、自宅の戸に手をかけて
やっとやっと部屋で休める、そう思った瞬間。


男が動いた。


「利子さん!」
「ちょっと、勝手に入られては困ります!」


入り口の戸に手を掛け、力任せに押し入ってくるではないか。
さすがの私も、声高に抗議した。

けれど相手はまだ気持ち冷めやらずといった風情で、
後ろ手に障子を閉め、退路を断ってきた。


「利子さんが好きなんだ!この想いを受け入れて欲しい!」
「そ、そんなこと言われても…」

障子から夕日が差し込み逆光で男の表情は読めない。
ただ密室にじりじりと迫り来る影のようで。

初めて感じた、得体の知れない恐怖。


「どうして分かってくれないんだ!!もしかして
 誰か懸想している男がいるのか?」
「そうじゃ、ないですけど…っ!」


拒否を示したのに、意思が通じない。
目の前の人間の考えていることが理解できない。

熱による不快感と思い通りにならない苛立ちで、
思考回路が一瞬真っ白になった。


「だったら!!俺のものになってくれ!!」
「え!…ちょっ…や、やめ…!!!」

激情に駆られた男が、両肩を掴んで圧し掛かってくる。
マズイ!という直感と同時に、ズキンと頭痛が走った。

「っ!?」


一瞬の隙が仇となり、板間に倒れこむ。
こんな時に…!と焦るほど、体は言うことを聞かなくなりつつあった。


ズキンズキンと間断なく痛みが襲い始めて。
皮膚も過敏になり、典型的な風邪の症状を訴え出す。


けれど、男はそんなことに気付くはずも無い。

抵抗の力が弱まったのを、同意と勘違いしたのか。



「―――…!!!!」

唇を力任せに重ねてきた。
必死で小袖を握り締め、首を横に振ろうとするが、
舌を割り込ませて執拗に絡めてくる。

熱っぽさが一気に上がって知らず涙が零れた。


「や、いやだ…っ!離…っ」
「泣かなくていい、優しくする。」


うっとりと酔いしれるように、男は身勝手な言葉を口にする。
そうして首筋に吸い付くと、着物の裾を太腿に向かって撫で上げた。


「…ひぁ…っ!」


熱のせいで過敏になっている肌が、ビクリと反応を返す。
それすらも、男の欲に油を注ぐだけで。
性急に小袖の帯が解かれ、襦袢にまでその腕が伸ばされた。


“バレる…!もう、駄目…!”


乱れる思考。
零れる涙を拭うことすら忘れて、


「ぃ…いや、だぁ…っ!!」

ぎゅっと目を瞑った。
ら。




ガツン。





頭上で鈍い音が響いた。


「………?」

恐る恐る目を開けると、
そこには気絶して倒れ伏す男と、憮然とした表情で立つ大木先生の姿。


「お、き、せん…」

途端に、ふつり…と自分の心の中で、何かが切れる音がした。
何故ここにいるのかと、問いかけようとしたけれど、口が動かない。

押し寄せる安堵感と、それでも酷くなる頭痛に意識が遠のく。

「せ…」

大木先生も何か呼び掛けたようだったが、
だんだんと聞こえなくなっていく。


寒い。
体が痛い。

板間の冷たい感触を頬に感じたのが最後。


そのまま意識を手放した。








15へ続く

inserted by FC2 system