君にラッキョの花束を 2


遊び女が去った後、
店頭に残されたのは、見知らぬ男と私。









“とりあえず!”


為すべきことはただ一つ、と柄杓を握りしめ。
まだ湯気のたつ飲み頃の湯を、私は躊躇いなく掬う。
そして。



ヒュッ!
遠心力の働いたお湯が、綺麗な弧を描いて男に命中した。


「!!!ぅあっちゃあああああああ!!!!」

頭部に湯を浴びて、奇声を上げる男。

「な、何するんじゃっ。」
「それはこっちの台詞ですよ!!!!」

被害者ヅラなんかされてたまるか!と、一歩も譲らぬ剣幕で対峙する。

「そんなに怒ることないだろ!?」
「な!」



あとから冷静になって考えれば、
絵に描いたような「良い子」の私が
父上の知り合いと口論するなんて、普段なら絶対ありえないこと。



でもまだ口唇に感触は残っていて、
抱き寄せられた体のあちこちに、得体の知れない感覚が疼いて。

それを振り払うように、私は抗議した。


「お、怒りますよ…っ!いきなりあんなことされて…っ!」
「あんなことって、たかが接吻に……ってまさか…初めてだったとか…?」
「…っ!!!!」




再び羞恥に顔が火照ってくるのが分かる。

色事の経験が無いことも。
隙を見せたことも。
あっさり図星を指されたことも。


もうすぐ忍びとして戦場へ赴く身となる自分がこの有様。
全部が全部、恥ずかしくて消え入りたい気持ちになった。



「〜〜〜…!!!」

何か言い返そうと思うけれど、言葉が出てこない。
うっかり気を抜いたら情けなさに涙まで浮かんできそうだった。

目を伏せてぎゅっと唇を噛み締めたその時。



「あー…、いや!悪かった!」
「ぇ…?」


いきなり男は頭を下げてきた。
ガバッと上げられた顔は真剣そのもので、またしても調子が狂ってしまう。


「ワシは大木雅之助!忍術学園教師をやっとる者だ。」
「…おおき、せんせい。」
「教師のくせに、どうも悪ノリが過ぎたようじゃ。こういう性分での、許してくれんか?」

そう言って、申し訳なさそうに頭を掻く。

「…う、いえ…。」

無論、さっきの行為を許せた訳ではなかったが。
頭を下げている目上の者に対して、それ以上詰問するような非常識な真似は出来なくて。



「私もカッとなって…失礼しました。」


戻ってきた“良い子”としての自分が、社交辞令として頭を下げ返す。
手ぬぐいを差し出し、非礼を詫びた。



「あの…そう言えば父からの使いと仰いましたよね?」
「おぉ。ワシが所用でこの門前町を通るついでに、ほれ、手紙を預かった。」
「それは、ありがとうございます…。」



浴びせかけた湯のせいで、端がくたびれた手紙。
自分の懐へ納めるのを何となくためらったのは、
懐から出されたそれが少しだけ温かく、大木先生の体温の高さを知ったから。




その一瞬のためらいを、大木先生は誤解したらしく



「…ホントに…悪かったな。」


ポンと私の頭を撫でた。



「!」


誰かに頭を撫でられるなんて久しく無くて、私は思わず目を見張る。



「……もう…気にしておりませんから…。」

混乱する思考回路を無理やり働かせ、やっとそれだけ呟いたのだが。



「有り難いが…お主はどうも物分りが良すぎるな。」

大木先生はなぜか少し寂しそうに苦笑して








「…もっと素直に声に出したらいい。そうすれば世界が変わるぞ?」

ぽつりと言った。

“…え”

見上げれば、ドキッとするような優しい目。






思わず言葉を失って固まっていると、大木先生はもう一度
私の頭を撫で、笑って学園へと帰っていった。








3へ続く

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