君にラッキョの花束を 6


不本意だが、大木先生の提案が
競合店への対抗手段として上策なのは事実。


“これも修行、修行…”


理屈に心を追いつかせるべく、自分を諭しながら
先生の三歩後ろをついて歩いた。


「いい天気だなぁ!利吉!」


大木先生は、独り言のようなそうでないような事を言って
軽く振り返る。


“…ほんとだ。”

五月の風は涼やか、新緑は目に柔らかい。


世界が、広くなったように思えたのは…きっと気のせいだろう。











そのまま少し大通りを進み、一軒の反物屋に着いた。

色とりどりに染められた反物が店先に並ぶ。
ただ、反物屋の他の客と言えばやっぱり女性が多くて。
かなり浮いている私達。

結構居た堪れないのだけれど、
気にしているのは、やっぱり…私だけ。
大木先生は好奇の視線など何のその。


「ほれ、ムクれとらんとお前も選べ。」
「別にむくれてません。恥ずかしいだけです。」
「やれやれ、気難しい看板娘だ。」
「誰が娘ですか!」



いざ選ぼうと思っても、
濃紺・藍…そんな生地にばかり目が行き、
自然とそれらばかりを手にとって眺めていた。

けれど、


「ばか、そんな暗い色許さん。」


横から手が伸びてきて、没収される。


何で私の着物を選ぶのに、貴方の許可がいるんだ!?
と、またしても眉間にシワが寄るけれど。


「だがまぁあんまり子供っぽい柄も、折角の別嬪が台無しだしな。
 これと…これと…これと…」
「ちょっとちょっと…;」


大木先生は、自分の気に入った反物を四つ五つ端へ積み上げて、
店の壁に私を引き寄せる。



「わ…!?」


肩に反物を軽く押し当てられ。
胸のあたりまでシュッと生地が延ばされた。


「!!…じ、自分で合わせます。」
「いいから。じっとしてろ。」
「…っ」



首筋に触れる指先、伝わる少し高い大木先生の体温。
見繕ってもらう間中、その繰り返し。



顔色に映えるか。
年頃と上手く調和が取れているか。

はからずも真剣な目で見つめられ、ひどく気まずい。



“・・・恋人にも同じようにするんだろうか?”


間近で見る大木先生の表情。

黙ってれば…結構精悍な顔してるのに、勿体無い。
なんてよく分からないことを思ってしまう自分がいて。
視線をそらし口を黙り込む。



「よし、これだな。」


私が気を取られているうちに、大木先生は
納得いく柄の反物を決めたようだった。



差し出されたのは、上品な薄桃色と紫の反物。
ところどころにや山吹色の花が散る、落ち着いた風合い。

思いのほかまともな選択に安堵しながら、
押し付けられる反物を両の手で受け取った。



「お前、歳いくつだっけ?」
「15です。」


そうかぁと顎をさすりながら、目を細める大木先生。

「ちょっと背伸びな生地だから…そうだな、帯の色を赤にすればいい。」
「あ、はい。」


言うや否や、反物の上に赤い帯が乗せられた。



うん…確かによく映える。

無骨そうに見えて意外とこだわりがある…なんて。
やっぱり、大木先生って




“…変な人だなぁ。”

何故か可笑しくなって、ちょっとだけ笑みを漏らした。


大木先生は、それを了承と取ったのか、
店棚の奥に向かって、呼び声をあげる。


  「おーい、勘定頼む!」


そうして自分の懐から財布を出そうとするではないか。
私は当然、慌てて止めに入る。


「え!ちょっと嫌だ、止めて下さい、自分で払えますから。」
「いいって。」
「貴方が良くても、私が嫌なんですよ!」


大木先生に着物を買ってもらう謂れなんか、これっぽっちもない。
変な借りは作りたくない。
それに何でも自分の力で何とかするようにと、父上に言われて育ったから。




でも。



でも、やっぱり、私の主張は…大木先生には通らなかった。




「ははっ、お前本当に甘えるってことを知らんのだな。
 払わせてくれよ、年長者の顔を立てると思ってさ。」



そんな風に逆にお願いされてしまって、どうしたらいいか解らない。
自立して一人前になる方法は教わってきたけれど。



甘え方なんて、誰も教えてくれなかったし、
教わろうとも思わなかった。






声を出せば世界が変わるだとか甘えを知らないとか、
大木先生の理屈は私を混乱させるものばかりで。


たぶんその時、私はとても腑に落ちない表情をしていたんだろう。


大木先生はさっさと勘定を済ませると、
なだめるように、私の肩をぽんぽんと叩いた。

「うーん、じゃ、お前の気が済まないならこうしよう、
 利子の最初の男はワシにしてくれ。」


「はぁ?」

「…女装のお披露目は、ワシを一番にしてくれってことさ♪」



そう言って大木先生は、口笛を吹きながら、
来た道を戻り始めた。


“その程度で反物と帯代を帳消しにして貰って良いものか。”

15歳の私は、借りを作らないことで頭がいっぱいで。



交換条件を出した大木先生の気持ちなんか、まだ全く知る由もなかった。









7へ続く

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