君にラッキョの花束を 7



大木先生と二人で店に戻ると、店主が出迎えてくれた。


早くも客が斜めはす向かいの饅頭屋に移り始めていると
苦笑する店主。


「今日はもういいから、帰って仕立てを頼むよ。」
「…あ、はい。」



まだお昼だけれど。
事情が事情なだけに、とりあえず帰って
早く作業を始めたほうが良さそうだ。




もちろん、反物を小袖に仕立てるのは私。

何でも自分で出来るように。
いつどんな状況に陥っても、切り抜けられるように。
母上から大抵のことは教わっているから
こういう時役に立つ。


「では、大木先生も有り難うございました。
 また仕立てましたら、ご挨拶させて頂きますね。」



私は、しめた!とばかりにその場を辞しようとした。
これ以上大木先生と長く一緒にいたら、
余計なトラブルに巻き込まれかねないし。


都合よく、人のいい店主が

「そうだ、大木先生。折角ですからお茶で一服していって下さい。」

と勧めるので、「そうですよ、折角ですから。」と後ろ押し。
バタバタしちゃったけど、これでちょっと一人になれる。




「それじゃ、お疲れ様でーす。」
「…利吉、待て。」
「はい?」


呼び止められて、目が合う。
たったそれだけなのに、警戒心で鼓動が跳ね上がる。


「ワシも行く。」
「へ?」
「行くって…どこへ?」
「お前んち。」






…。






耳を疑った。
ついでに大木先生の人間性も疑った。


「…えぇ?!」
「仕立てるの手伝ってやるよ。今日は休みだし、ヒマなんだ。」

言いながら既に、私の隣に立っている。
ついてくる気満々じゃないか。




「な」

い・・・・いやいやいやいや!!!
苦手な人と、自分の部屋で二人きりとかありえない!!!


激震に襲われた思考回路から、
得体の知れない危機感が沸々と湧き上がってくる。




「け・・・結構…ですっ。私一人で出来ま…」
「二人でやったほうが早い。」


私のいい訳は、即座にぴしゃりと正論で返される。


「…それは…そう、ですけど…」


返す言葉が見つからなくて、どんどん語気が衰えていくのが
自分でも分かる。



「私は……」


アナタが苦手なんですってば。

…なんて言葉が喉元まで出掛かって、でも言えなくて。
私はその場に立ちつくした。












そりゃあ。
父上のいる学園には、負けず劣らず個性的な人が沢山いて、
苦手なタイプだっていないわけじゃない。
おまけに、何かにつけ、巻き込まれることだってあった。




ただ、それは言ってしまえば
当たり障りの無い「じゃれあい」程度。


適度に喜怒哀楽を見せていれば、
それで人間関係が広く浅く円滑に進んだし。

第一、私が学園に出向いた時くらいしか接触も無い。




“あ…、そうか。”



その点、大木先生は学園の人だけど、他のどんな人とも違う。

他の人は「山田先生の息子さん」として私を見てる。

でも大木先生は学園に縛られず、あの塀を易々と越えてやってきては、
単なる「山田利吉」として私を見る。

社交辞令が通じないのも、つまりそういうことなのだ。




「山田先生の息子」として距離を置きたい私。
「山田利吉」と話をしようとする大木先生。




どうして出会ってしまったんだろう、と呪いたくなる。
いっそもう逃げ出せたらどんなに楽か。
自分より格下であれば…とっとと煙に巻いてしまえるのに。




“…この人は…たぶん、ものすごく強い。”

私だって、伊達に修行してきたわけじゃない。
一人前じゃなくても、力の差くらい分かる。

ちょっと前まで、全てが順調で。
自分の感情も他人の感情も、
自分のコントロール下にあると思っていた。

それが、大木先生と向き合って
自分の感情も相手の感情も分からなくなった。


15歳。
自分の感情が誰かに引きずられて変化することを。
私は、初めて「怖い」と感じた。












そして黙り込んでしまった私を、大木先生はじっと見つめてきた。
戸惑う心の内を見透かされそうな視線に、ますます焦っていると

「……そんな顔、すんなよ。」

見かねた大木先生も立ち止まる。

「嫌だったら、また出直すから気にすんな!」
「え…」




苦笑するその顔に、なぜか一抹の寂しさを感じて、
心臓がぎゅうと痛む。


“…寂しがっているのは、私?それとも…先生?”

大木先生が部屋に行くのを止めると言っているのだから、
ここは本来、喜ぶべきところのはず。





・・・なのに。






なのに、ただ。
なんとなく。

苦手だけど、それを理由に誤解されたくない。
そう思った。


「ぃぇっ、その…嫌とかじゃなくて…!」


色々な過去を飲み込んで、どこかしら陰も抱いて、
それでも人と関わることを恐れない。
自分には無い強さ。

あとどれくらい修行したら、そんな風になれるのか
自分には未来永劫、無理な気がする。

大らかで裏表なく明るい、
太陽みたいな奔放さを、ひどく羨ましく思う自分がいるから。


大木先生を嫌っているんじゃないって、
それだけは伝えたくなった。


「…慣れてないだけ、なんです。誰かを自分の部屋へ招くとか…。」

接し方が分からない。
それだけのことなのかもしれない。

だって私はずっと「山田先生の息子さん」として育ってきて、
別に誰からもそれ以上を求められることはなくて。




「…ああ、そういうことか。」

大木先生の落ち着いた、優しい声。

「なんだ…安心したよ、最初が最初だったし。嫌われたかとガラになく心配しちまった!」
「すみませ…」

「こっちこそ。無理やりにでもこっちから絡んでいかないと
 独りで全部やろうとするから、つい…。」
「え?」
「いや、何でもない。上手く言えん!」
「?」


…大木先生が何を言おうとしたのか、気になったけれど。



ともかく厚意を蔑ろにした訳じゃないのだと伝えることが出来、
ホッと胸を撫で下ろす。

同時に苦手なくせに、相手からは嫌われたくないなんて
我ながら都合が良すぎるなぁ…と反省した。




「それでは…不慣れゆえ失礼があるかもしれませんが、
 宜しければ部屋にいらっしゃって…下さい。」

顔を上げて、大木先生の目を見つめ返す。



「いいのか?」
「…はい。」


驚きながらも、嬉しそうな先生の顔。

まぁ…遅かれ早かれ、
反物を買って貰った御礼と最初のお披露目も、しなきゃいけない訳だし。



“借りを返すんだと割り切ればいい。”


あとから思えば、さっき感じた「怖さ」を払拭しようと
強がってしまった部分も否めない。




ともかくも。
こうして私は大木先生を長屋へ招待することとなったのだ。










8へ続く

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