君にラッキョの花束を 8



私が借りている長屋は、決して広くない。

間口は二間。

土間の半分はかまどと水甕が占めていて
三和土を上がれば、畳でいう6畳程度の板間。

蠅帳に箱膳・箪笥・火鉢に鏡台、
あとは行灯と夜具、枕屏風。
必要最低限のものしか置いていない。


「ほー、綺麗なもんだな。」
「狭いところですが…お上がり下さい。」


感心してくれている大木先生を案内し、
腰高障子を閉めてしまえば、
井戸端で戯れる子供達の声がかすかに響く程度。


じわじわ緊張と、沈黙が訪れた。

“え…と…”

そこから会話が上手く繋がらなくて、とりあえず
甕から水を汲み、客人用の湯飲み茶碗を差し出したところ。

大木先生は礼もそこそこに、板間に上がったばかりの
私の手を引いた。



「!?…何ですか?」
「脱げ。」
「はっ?」


一瞬、発された言葉の意味が飲み込めず、
大木先生の顔を凝視する。



「仕立てる前に、検尺してやるから。」


と笑顔の先生の手は、既に小袖の襟を掴んでいた。
自分でも、さあっと血の気がひいたのが分かった。


「いや…それは…っ」
「男同士で何を照れとるんじゃ、お前。」
「違!」



しかし正直、恥ずかしかったのは事実で。

昔から日焼け出来ない体質の上に
忍び修行のせいか…生っ白い肌。

パワーよりスピード勝負だと言い聞かせてきた
どちらかというと華奢な体格。


大木先生のようながっしりした体格の人の前で
肌を晒すことに、なおのこと抵抗があったのだ。

検尺せずに目分で…と言い逃れようとしたけれど、
女物の小袖なんて、実はあんまり仕立てたこともない。



「看板娘」となるからには、いい加減な格好では駄目だろうし。


“…ああ、もう!しかたない!!”


ぐっと奥歯をかみ締めて恥をかく心構えをした。
だからと言って大木先生に脱がせて貰うなんてのも、論外だから。



「自分で脱ぎますから、ちょっと待って下さい!」


伸びてきた手を退けて、自分でおずおずと着物の合わせ目に手をかけた。
すると


「おいおい、そんな恥らうな。何かこっちが変な気分になっちまうだろ。」
「変って…。」


大木先生が物騒な台詞を口にする。
冗談だとは思うけれど、そんなことを言われると
こっちだって余計に焦る。


図星を指されたのを誤魔化したくて、
わざと大仰に小袖を脱いだ。


「検尺、じゃぁ…すみませんがお願いします。」
「ああ。」




背後に回った大木先生の気配。

裄(ゆき)を図るため、ものさしが肩から腕に当てられた。
ひやりと走るものさしの冷たい感触。
うなじにあてがわれた手だけが熱く、息を呑む。


「…っ」

もう長く両親にすら触れ合うことなどしておらず、
久しぶりの他人の体温に、
首筋から耳元、頬に至るまで
カッとなるのが自分でも分かった。


おまけに肌の上を滑る指が、くすぐったい。
少し肩をすくめると、「こら」と優しい嗜めが背後からかかる。


大木先生は、逃げそうになる私の腰に手を添えて
やんわり引き戻した。


「くすぐったいのか?」

と、少し楽しそうな声で問うて来る。


「…少し…。」


そう答えた刹那、空気が変わった気がした。

日が傾き始めた部屋で。
不意に、前へ回り込んだ大木先生と目が合う。




「大木…せん…?」



検尺されているだけのはずなのに、
視線がとても肌に痛い。


おまけに何だか身の危険を感じて。

でも、その瞳に上から見詰められ、身動きが取れない。
声も出ない。



「せ…」



肩へ回された手に力が入って
先生の顔が近づいて


逃 げ 


ら れ な 




と思った瞬間。




「邪魔するぞ」

声のほうを振り向くと
玄関の引き戸を開けて、父上が立っていた。









9へ続く

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