君にラッキョの花束を 9



半裸の私と、その肩に腕を回す大木先生。
脱いだ小袖、女物の生地。


「……な」



父上の表情が凍るのも無理は無い。


「!!!父上、これは…っ」


ハッと我に返って、小袖を拾い上げる。
あらぬ誤解を解こうと口を開きかけたが


「あー…、こら利吉、検尺の途中だぞ。動くな。」

と大木先生にあっさりと制止された。



「…検尺?なんじゃ、新しい着物でも作るのか?」
「は…はい。」



この一言で、父上の表情も緩む。
とりあえず上着を羽織った私は、父上を部屋へ上げた。


「父上、ただ今水を…。」
「いや、構わんよ。折角やって貰ってるんだから
 そのまま続けなさい。」
 


すっかり落ち着いた父上は、話しながら
自分で水瓶の蓋を開けている。



「…あ。はい。」


さっきまでの絡みつくような空気が嘘のように
検尺は進み、


“…意識しすぎ…かなぁ・・・???”


首をひねっている間にも、手際よく
大木先生が寸法を懐紙に書き付けてくれた。

ついで柄あわせや柄断ちなぞをしている途中、
父上にこれまでの経緯を話す。




すると、化け物の術の良い練習になる、と喜ばれ

「いい機会だからワシが女装して直接指導を…」

とお約束の発言が飛び出した。


「ち、父上、それは…ちょっと…。」
「あぁん!?」


女装の父上が登場したら最後、
客を呼び込むどころか、逃げ出されるは必定。
断じて避けたい事態であるが。


「…いえ…その。」


思ったことをそのまま口に出そうものなら
どんな叱責が降って来るやら。

いかにして断るか思案を巡らしていたその時。


「山田先生、ダメですよ〜!」
「…うん?」


大木先生から珍しく空気の読める助け舟!
…なんて期待した私が愚か者だった。


「わしが最初に提案したんですから。
 息子さんのことは、最後まで責任持って面倒見させて貰います。」

“は…っ!?”


予想外の言葉に、思わず先生を二度見した。

特に「最後まで」って部分がものすごく引っかかる。
女装姿を一番に見せれば、それでお終いの予定じゃなかっただろうか。

かといって、今大木先生の発言を否定したら、
父上による女装講座が待ち受けている訳で。



「〜〜〜〜〜〜〜っ」


前門の女装父、後門の大木先生。
かつてない、まさかのジレンマ。

私は悩んだ末、


「そうですよ、父上!
 こうして大木先生にご助力頂いているんですから、
 安心して下さい〜。。。」



修行の成果を発揮して笑顔を作り、
“客が逃げ出す”という最悪の事態だけは
回避することに成功したのだった。






結局。

父上と大木先生は、仕立てを途中まで手伝ってくれた後、
連れ立って学園へ帰っていったのだけれど。

「では、父上・大木先生。道中お気をつけて。」

見送って、長屋に戻った直後、大木先生だけが戻ってきた。


「また、明日夜来る。それまでに仕立て、しあげといてくれ。」
「…え、ええっ!?」



それだけ勝手に言い残して、何故とこちらが問う隙もなく
再び走り去る大木先生。




やり場のない戸惑いに、私はただ大木先生の去った方角を
ぼんやりと見つめるしか出来なかった。









10へ続く

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