過去形 2


そして今。
折りしも夕暮れ時。



ドクタケの敷地内にある雇われ忍者用の長屋からは
かまどの湯気が立ち上っている。


まんまと潜入に成功した大木は、手近な茂みに身を隠し、
利吉の気配がないものか…と神経を研ぎ澄ます。




そこへ
「疲れた〜…」
とぼやきながら、問題の人物・風鬼が帰ってくるではないか。




草臥れているのは好都合。
折角ドクタケくんだりまでやってきたのだ。
無駄足になるくらいなら、とりあえずとっ捕まえて
事の次第を問い質し、利吉に馴れ馴れしくするなと釘をさしておくか!




大木が持ち前のマイペースさを発揮しようとした瞬間。


「もう、だらしないですね!」


長屋の引き戸を開けて、他ならぬ利吉が顔を出し。
大木の潜む茂みの前で、二人のやり取りが始まった。

「そんなこと言ったって…八方斎様の人使いが荒くて…。」

情けない声で愚痴る風鬼。


「しっかりして下さいよ。」


利吉は呆れながらも、物腰穏やかに風鬼の隣に立って微笑んだ。


「夕飯、出来てますから。」
「へ??」
「野菜炒め…お好きだって。ふぶ鬼から聞きました。」
「り、利吉…さん!!!」





その瞬間の風鬼の気持ちを例えるなら、間違いなく天国で、
大木の気持ちを例えるなら、疑う余地すらなく地獄であったろう。


“ぬぁ〜にぃ〜!!!”

ワシだって数えるほどしか利吉の手料理食べたことないのに!!!!
茂みの中で大木は、目を吊り上げる。





げに醜きは男の嫉妬。
その怒りへ油を注ぐかのように、楽しげな会話が聞こえてくる。


「ぼく、タマネギあんまり好きじゃないんだけどな。」


ひょこりと顔を出すのは、ふぶ鬼。
利吉に甘えるように、腕へ組み付いて拗ねた表情を浮かべている。


「こーら、ふぶ鬼、好き嫌いするんじゃない。」
「はーいっ。」


たしなめる利吉も、どこか嫌そうではない。





“…ぅおいおいおい、何じゃその一家団欒っぽいやり取りは!!!”

利吉と風鬼親子の親密度が、思ったより早いスピードで深まっている事に、
大木は疎外感と焦りを感じる。



「あーあ!毎日利吉さんがいてくれたらいいのに!」
「ふぶ鬼…。」
「そうですよ、利吉さんさえ良かったら、もっと気軽に遊びに」










ブチ。

この瞬間、もともと堪え性の無い大木の、堪忍袋の緒が呆気なく切れて。


「そこまで!」

茂みを飛び出て三人の前に、仁王立った。

「!…大木先生!?」
「な、何だアンタ!!」


驚いて立ち尽くす利吉につかつか歩み寄り、


「利吉っ!」
「は、はいっ!?」

ガシッと手首を掴んだ。

「やりすぎ。」
「は?」
「帰るぞ。」
「ええ??」


利吉は訳も分からぬまま、大木の仏頂面を見つめていたが
長い付き合いでこういう時は逆らっても無駄だ
と言うことだけは心得ている。



「ごめんなさい。そういうことなんで
 ゴハン冷めないうちに食べてくださいね。また今度!」


まだポカンとしている親子にとりあえずの笑顔を向けて。
大木に引き摺られるようにドクタケ城を後にした。









3へ続く

inserted by FC2 system