過去形 3


「先生!大木先生ってば!」
「なんだよ。」
「腕、痛いです。離して下さい!」



杭瀬村への帰り道。
何度目かの訴えに、ようやくその手が開放される。


分かりやすい嫉妬に照れが襲ってきたのか、
前を歩く大木の背中がいつもより丸い。



“…ヤキモチ???”


確信に近い推測に、
さっきまで強がって張り詰めていた利吉の気持ちが、
ゆるゆるとほぐれていく。
同時にくすぐったい喜びも沸き起こる。


でも「何で来たのか」なんて聞けない。
一ヶ月近くご無沙汰だから、聞いたらきっと夜がコワイ。








対して大木は思う。






エリートだの優秀だの、風評ばかりが一人歩きして
いい大人が雁首揃えて、十八のコドモの世話になっている現実。


当の利吉がまたお人よしで、頼まれると厭とは言えない。
結局引き受けて、ちゃんと問題を解決してやって
恩に着せることもなく立ち去るんだ。

だから時々無性に、周囲に訴えたくなる。
どうかもうこれ以上コイツを頑張らせてくれるなと。





一方で。
利吉の弱い一面を知っているのはワシだけでいい。
こんな無防備な笑顔を見ていいのは、ワシだけでありたい。
そう算段する自分もいる。



利吉のことを過大評価してる奴らは面白くないけれど、
ワシ以外で利吉のことを等身大で分かる奴がいるのは
もっと腹立たしい。






なんと矛盾した感情なのだろう。








大木雅之助、三十三歳。
どこまでもマイペースなのが自慢、だった。

…だった。

表現が過去形なのにはワケがある。
そう、この世でたった一人、ワシのペースを乱すのは
山田利吉。


だから、


恋は


厄介なのだ。






何にも言わない大木と何にも聞かない利吉。

頬が赤いのは、夕焼けのせいだけじゃない。













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