家族のかたち 1


※この話は、利吉さん20歳、大木先生35歳、つまり2年後が舞台です。
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夏も近づく八十八夜、の夕暮れ時。

外出先から帰宅した大木が、
やれやれやっと我が家に着いた…と
自宅の引き戸を開けた時のことだった。


「ん?」


囲炉裏端に、眠った赤ん坊を抱いた女が一人。
背を向けて座っているではないか。


「…んん!?」


もしや隠し子…?!
いやいや、まさか最近女遊びはとんとご無沙汰…
あれ?でもあの時の…いやいや…


…などと葛藤しつつ、
うつむき加減でよく見えぬ女性の顔を伺おうと
大木は自宅へ足を踏み入れる。

「あのー…どちら様で…?」

すると、


「私ですよ、大木先生。」


振り返りながら漏らされた声は意外にも低く、
大木は目を丸くした。
草鞋を脱ぎ捨て近寄ると、確かによく知った恋人の顔で。


「利吉!お前、いつの間にワシの子供産ん…ぶほぉ!!」

言い終わる間もなく、利吉から鉄拳が飛んだ。


「なワケないでしょう!!!」
「痛てて、せっかくの可愛い顔が台無しじゃ。」
「また!そうやってヒトをからかう!」


生真面目な利吉は、大木の冗談のような本気にいつも戸惑う。
常日頃であれば、それがまた可愛くて口付けたり
それ以上の行為に及んでしまう大木だったが。

“赤子の前では、さすがに…な。”

と苦笑する。
それに利吉からの鉄拳も、今日は何だか弱々しい。

他の者なら彼の小さな強がりなど見落とすだろうが、
ワシは絶対見落とさない。
そういう恋人としての自負が大木にはあった。

「すまんすまん、こりゃ性分じゃ。許せ。」

ゆっくりと大木の表情が穏やかになる。
向かい合わせではなく隣に座り、頬へ手を伸ばした。


その仕草に、利吉も少し緊張を解いたらしく、
言葉を紡ごうとして、はたと思いとどまる。
少し離れた所に産着の一枚を広げ、赤子を寝かせてから
再び大木の隣に座った。

そこだけ見ると、なかなかどうして立派な母親のようだ。
大木はドキリとしたが、余計なことを言うとまた怒るのだろうなと、内心苦笑して。


「で。……何があった?…その赤子は?」


声音を抑えて問いかけた。

良く見ると、着物の裾は泥に汚れ、
あちこち火の粉が飛んだように焦げが見える。

利吉の危険な生業を考えれば、いつものことではあるのだが、
今回は赤子つきであるから話は別だ。
しかも赤子を包む産着に目をやれば、丁寧に刺繍された家紋。
多少煤けているが、生地は紛れもなく絹だった。


普段は気丈な青年の瞳が、動揺に揺らぐ。


「実は…」


大木はじっと利吉を見つめ、形の良い口唇から
言葉が紡がれるのを待った。







2へ続く

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