家族のかたち 2



事の発端は、つい先日。
懇意にしている大名から、ひっそりと呼び出しを受けたのが始まり。


「恥ずかしながら、父亡き後、内紛が続いていてな…」


三十路を過ぎたばかりであろう城主は、利吉に、
自らの領地が先代城主の死で内紛状態にあることを伝えたという。


さては妨害工作や諜報活動でも依頼されるのかと思った利吉だったが、
その内容は、意外にも、産まれて間もない若君の護衛であった。


しかも護衛というほど物々しくはなく、
「気楽に子守してやってくれ。」
と笑いながら、飛び入りの御守役を仰せつかった。

無論、女だらけの奥殿で、忍び装束のままおれる訳もなく
年のころに相応しい可憐な着物を山ほど積まれ、女装と相成った。



「まぁまぁ♪そうしていると本当におなごのようじゃ。」


下手に似合ってしまうものだから
奥方は無邪気に喜び、侍女達もそれに興じる。
白粉に紅に…きせかえ人形の如き扱いを受けつつも、
大勢の姉が出来たかのような賑やかさに、
思わず目を細める利吉だった。


そしてまた、そんな彼の腕の中で赤子はよく泣き、
愚図り、笑い、よく眠った。


人間とはこんな自然に、感情や欲求を現すものだったかと
愛しく、どこか後ろめたい気持ちを抱きながら。

どこにも行かず、外界と遮断された空間で
乳母たちに混じり、慣れぬ育児に奮闘する日々が続く。


「自信を持って。不安な気持ちは子供に伝染しちゃうから。」


ぎこちない手つきの利吉と、さざめく乳母達の笑い声。
時折様子を見に来る城主と奥方の慈愛に溢れた瞳。

フリーの身に期せずして与えられた温かな居場所は、
時の流れを忘れさせるほど、幸せなものだった。








しかし、引き受けて二週間目。
即ち昨夜、夜襲は起こった。

馬の嘶き、怒号に飛び起きた瞬間、否が応にも、
利吉は現実に引き戻されたという。

昨日までの平和な育児生活が嘘のように、急転直下。
護衛は護衛でも、まさかの命がけ脱出劇と化した。



「せめてこの子だけでも!」

轟々と燃え盛る落城の炎の中で
私財の隠し場所を記した地図と、一人の赤ん坊を託されて。


父母である殿も奥方も、優しかった乳母達も、
城を枕に討ち死にを遂げた。

一族郎党、皆、死出の旅を覚悟していたからこそ、
旧来の家臣ではない自分に
急な依頼を寄越してきたのかもしれない。


最初にせめて一言、言ってくれればと恨んでも
もはや詮無きこと。


“不安な気持ちは子供に伝染しちゃうから。”


わざと事態を知らせず、
外界を遮断した「仮初の日常」に招いたのは
利吉に憂いなく赤子の世話を覚えて貰うため。


そして、皮肉にも抱きなれた利吉の腕の中。
既に泣き疲れた赤子は眠りに落ちており、逃げやすい。



“武家として、親として見事…。でも…寂しいものですね…”


あの温かい空間で、どこか家族になったような気がしていたのに、
結局自分はどこまで行っても“フリー”の部外者だった。


それに随分と信用されたものだと思う。
褒章目当てで敵方に走らないだろうか、とか
子供を捨てて金銭だけ奪われないだろうか、とか
考えなかったのだろうか。



“気楽に子守してやってくれ。”


劫火の煙で霞む視聴覚に、映るのは若き城主の笑顔。

本来陰の身である利吉にも、分け隔てなく
語らい意見を求めてくれた。
時に騎乗を赦し、早駆けにも共をした。
主従の関係はなくとも、信頼関係はあったのだと。



そんなあの人の最期の願いは、出来るなら叶えたくて。
小さな命を庇いながら、必死に隠し通路を這って
敵の囲みを抜け出したのだった。






しかし、問題はここから。
夜が明ければ、すぐにも残党狩りが始まるだろう。



――――…赤子を、どうするか。


フリーである利吉に匿ってくれるような共同体はない。
実家は城下からあまりにも遠く、
手負い、まして子連れで行くには無謀。

かといって、学園に火種を持ち込むなど許されない。




“どこか、安全な…この子を守れるところへ…”


疲労困憊の体を引きずりながら。
足は、自然と、杭瀬村のほうへ向かっていた。







3へ続く

inserted by FC2 system