家族のかたち 3


「…というわけで、今に至ります。」



大木が薬を塗布し包帯を巻いてやる間に、
一通りの経緯を話し終え、そこで利吉は気まずそうに言葉を切った。


焼け出された時に負った火傷と、
逃げてくる途中で負った切り傷、かすり傷。

いずれも大事ないが、一睡もせずここに来たらしく、
隈をうっすら浮かべた表情が痛ましい。


「厄介ごとを持ち込んで…本当にすみません。」


そして、少し休ませて頂ければ出てゆきますので、と付け加えた。
どこへ…と言わないあたり、行方など決まってないのだろう。


それでも、たった独りでも託された命を守り抜こうと。
この人一倍優秀で生真面目な青年は必死で考えているに違いない。


「あー…だいたい分かった。
 これからどうするか…ってのはまぁ
 ちょっと置いといて、いいから寝ろ。」
「え?」
「夜通し逃走して疲れてんだろ?飯炊いてやるから、
 それまで寝とけ。話はそれからだ。」
「いえ、私は…。」

「いーから。」



少し笑って、頭をポンポンと撫でる大木。

茣蓙の上、それでもどこか遠慮しがちに
身体を丸くして利吉はすぐ眠りについた。

元結を解いてやる。
赤子と並んで眠りにつくその表情は、
勝るとも劣らずあどけなかった。


「さてと…。」


大木は土間に下り、かまどに火をくべ始める。
正直なところ、迷惑どころか、大木は喜んでいるのだった。


赤ん坊を抱えて実家や学園には行けまい。
その事情を差し引いたとして、弱っている利吉が一番に足を運んだ場所…
それが自分の家だったから、だ。



“そうでなくてはな。”


利吉が15の時、忍びとして独り立ちすることになって。
それを機に大木は学園教師を辞めて杭瀬村へ居を構えた。

それは、陰に日向に、
利吉の傍にいたいと思ってしまったから。

ただ学園で無事を祈って待つだけ…なんて日々は、
大木の性分に合うはずもない。

人一倍我慢強く、優等生で大人びた利吉である。
周囲は特に何の心配もしていなかったようだが。


出来のいい息子として頑張って、
腕の良い忍びとして頑張って、
どこにも属さず、誰にも頼らず頑張って…
その先に待ち受けるものとは何だろう?



“いつかどこかで、自分の与り知らぬ所でふつりと…”



優等生の裏に潜む、儚さや危うさ。
大木にはどうしてもそれが無視できなかった。

死なせたくない。
かといって、利吉の行動を制限したくもない。

ならば取るべき自分の行動は、一つだった。



そして多分、父親であるあの人も気付いていた。
もともと当初から、大木と利吉の仲は
言わず語らずの関係だったのだが。

利吉の危うさに気付いていたからこそ、
独り立ちと同時期に大木が辞職の意向を率直に伝えた時、
頭を下げられたのだ。

ただ一言、「頼みます。」とだけ。






そうして、学園を出て。

どこにも属さず一人生き急ぐ…いや、死に急ぐ青年を、
半ば無理やり陽の光の下へ引きずり出したこともあったし、
軟禁まがいの説得も、強姦に近い行為を与えた時もあった。

感情を押し殺してしまわないように、
自分の喜怒哀楽全てを以って、利吉に接し続けることが
大木なりの愛情の伝え方だった。




“ずっと、利吉の帰る場所になりたかった。”



あれから5年。
今日、ある意味でそれが叶った。


「さぁて、そろそろ飯が出来るな。」


知らずこみ上げる笑み。


杭瀬村に、いつもより優しい夜が訪れようとしていた。







4へ続く

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