スタア



ある日の杭瀬村。


野菜の受け取りにやってきた利吉を出迎えたのは
大木雅之助のこの一言だった。


「よう!スタア様とやら!」


次の瞬間、利吉の表情が如実に歪む。
苦虫を噛み潰したような…という表現がまさに相応しい。
そんな顔で、聞こえよがしに舌打ちまで。


「・・・ッ。また…学園で余計な噂拾ってきましたね…。」
「わはははは!地獄耳だろう?!」


利吉が目論見どおりの嫌そうな表情を浮かべたことに
大木は気を良くして笑い声をあげる。
そのまま愉快そうに利吉の背中を叩いて、家の中へ入るよう促した。


三和土に腰掛け、草鞋をとき始める利吉。
その間に大木は手桶に水を張り、襤褸きれを濡らす。


「どれ、足を拭いてやろう。」
「自分でやります。」
「遠慮するな、スタア様。」
「ですから…っ!」


甲斐甲斐しく足元にかがんだ大木を、利吉はキッと睨みつけた。


スターというのは、近頃忍たまたちが尊敬の念をこめて
利吉を呼ぶ時の愛称の一種だ。
だが、自分より年長者の、しかも実力も遥か上の大木から
そんな風に呼ばれて喜ぶような趣味など利吉は持ち合わせていない。


「いつまでも揶揄うのは止めて下さい。」


ぱちり、と大木が目をまたたかせたのも一瞬。
すぐにまたケロッとした表情で襤褸きれを絞り始める。


「ちょっと、聞いてます?」
「……」


大木は無言のまま。
土埃で汚れた利吉の裸足を持ち上げ、
足首からかかと・指の股まで丹念に拭いてやる。
最初こそ冷たさに利吉の身体がピクッと反応したが、
あとは大人しくされるがままにしている利吉。


神妙な様子が愛しく、大木は足元を向きながらぽつりと呟く。


「いいんじゃないか、スタアって星だろ?
 忍たまたちにとって、お前はさ
 夜の闇にキラキラ綺麗に浮かんでて、絶対手に届かない。
 そういう存在だってことだ。」
「――…え」
「絵に描いた餅…って感覚に近いんだろうな。
 ワシにとっちゃ、嬉しい喩えだよ。下手に手が届くと思われちゃかなわん。」


何を言い出したのか、と呆気に取られる利吉だが。
子どもとは言え、恋敵は少ないほうがいいからなぁと大木が嘯くと
流石にその意図を汲み取ってカアッと頬を染め上げた。


「な」


硬直する様子をよそに、仕上げに乾いた手拭いで
大木はサッと利吉の足をぬぐう。
十八歳の素足が、大木の手のひらにしっくりと吸い付くようだった。


「よし、上がっていいぞ。」
「…有り難う御座います。」


揶揄いよりも性質が悪い。
独り愚痴をこぼす利吉の表情は、やっぱり歪んでいて。

苦虫を噛み潰したような…という表現がまさに相応しかった。







戻る

inserted by FC2 system