不惑の翌年に。4



2日目。

喜三太救出チームのいるオーマガトキ城下の朝は、
暑気も落ち着いた晩夏の晴天。

人々が通りを往来し、町はだんだんと賑やかさを増しつつある。
厚着は、生徒たちと利吉が揃うと手早く朝餉を済ませた。


「それでは、万事うちあわせ通りにな。」
「「「はい!」」」


掛け声を合図に、城下へ出かける支度を始める利吉と生徒たち。
今晩の喜三太救出作戦では、おとりの鴨を使う。
それを作るのに必要な材料調達と、侵入経路の最終的な下見が彼らの任務だ。



一方、 厚着は単身園田村へ。
自分たちのこれからの動向と学園の状況を、共有するためである。


「利吉君。この子たちを頼む。」
「はい。あ…厚着先生もお気をつけて。」
「ああ…うん、夕方には戻るから。またここで合流しよう。」


うわべは普段どおりでも、
お互い昨晩の戸惑いを微かに残しているのが分かって
何ともぎこちなく、照れくさい。

山道を急ぎながら、少しのあいだ別行動にして正解だったかと振り返るが。
どちらにせよ夜合流する時には、二人とも
こんな照れくささなど完全に忘れてしまうことだろう。


頬のゆるむ日常と、身の引きしまる非日常。
日頃の弛まない研鑽はもちろん大事だが、生死のはざまは常に紙一重。
咄嗟に切りかえる「集中力」と生き残りへの「執着」が、
いざという時の明暗を分けたりするものだから。


そこまで考えて、ふと厚着は思い当たる。
自分は最近、本気で自身の「生」に執着したことがあっただろうか、と。

生徒のこと・学園のこと…
<教師>として生きる大義名分はたくさんあるが、
肩書きを離れ、守るべき対象を持たなかったとしたら。
心残りなど今の自分に一体どれだけあるのだろう。



“……そうだな、一つだけ”

心残りを考えて頭をよぎるのは、昨夜の利吉の表情。
「尊敬しているのは事実です。ずっと…子供の頃から…。」
あんな顔をするなんて知らなかったのだ。
学園で父や生徒に向けるものとは、全く違う。

初めて自分に向けられた、紅味の差した柔和な表情を惜しみ、
もう一度見たいと思う自分がいる。
それは、自分の中に生まれた教師としてではない「執着」だ。


ハッと我に返り、何を馬鹿げたことを…と街道沿いの杉木立を仰げば。
小さくだが、峠の向こうにはもう園田村が見えていた。




***




昼下がり。
園田村に着いた厚着が村内へ入ると、
ちょうど佐武衆が村へ助太刀に来た所だった。

いよいよ戦さが近いと見て、
村全体が決戦前の支度でにわかに活気づいている。
学園総出で陣営具の増強に取りかかる中、あまり長居は無用。


厚着はまず日向に無事を知らせ、一通りの情報交換を済ませる。
それからい組の生徒達に発破をかけて、安藤にも後の事を頼んだ。

さて次は…と村内を歩いていると、折り良く通りがかったのは
目的の人物・山田伝蔵だ。


「厚着先生。」
「あっ、山田先生、ちょうど良かった。」
「いらっしゃってたんですか」


うちのクラスの喜三太がご迷惑かけますな、と苦笑いを浮かべる伝蔵に
少しだけ声を落とし用件を伝える厚着。


「喜三太のだいたいの居所は掴めました。今晩決行します。」
「そうですか、くれぐれも気をつけて」

「利吉君をお借りしますよ。」
「良いように使ってやって下さい。
 あれも厚着先生とご一緒できるなら良い経験になる。」


さりげなく寄せられた信頼に、厚着は目礼で返す。


「そうだ。もう暫くしたら火薬委員が村の入り口の橋を爆破します。
 オーマガトキ城下へ戻られるなら、早いほうがいい。」
「分かりました。では。」


伝蔵に見送られ、厚着は再び園田村からオーマガトキ城下へ急いだ。
おとりの鴨は完成しているだろうし、作戦決行の日暮れも迫っている。


少しだけ引っかかるのは―…
実戦不足のい組が、こうして小さいながらも合戦を経験しようとしている。
そんな時に、どうして実技担当の自分が離れているのを許されているのか…
ということだ。
勿論すべての采配は「忍術大作戦」とやらに集約されるのだから、
これも学園長の狙いのうちと考えるべきなのだろう。


“このところの違和感を、学園長は…お見通しなのかもしれんなぁ…”


生徒を連れての実戦にして、現役の忍びである山田利吉との共同作戦。
そりゃあ、今の厚着にとっては文句無しのお膳立てだ。


“喜三太、待っていろよ。今助けるからな。”


えもいえぬ高揚感が、厚着の血を静かに沸き立たせた。






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