不惑の翌年に。8



3日目。


早朝、物売りに化けた学園職員・生徒達と合流し
タソガレドキ野陣にもぐりこんだ喜三太救出チームの一行。

利吉は一足先に父・伝蔵と祐筆のもとへ向かったため、
饅頭売りに変装した厚着が代わって
学園長へ利吉の案を伝え、戸部の協力も取り付けた。


文字通り学園総出の“大作戦”は万事上手く運ぶ。

ドクタケが思惑通り軍を動かしてくれたおかげで、
園田村はじめ十五村の「かばいの制札」を得ただけでなく、
喜三太の夏休みの宿題も達成。
こうして、長い長い夏休みはようやく終わりを告げたのだった。



厚着は利吉の隣に立って、事の始終を見届けた。


「うむ、喜三太!夏休みの宿題、合格ー!」
「ヘムヘム〜!」


大団円に響く、皆のゆかいそうな笑い声を聞きながら、
少しだけ利吉が厚着の方へ視線を流す。


「!」


鳶色の澄んだ瞳に見つめられて、厚着の表情も緩んだ。
同じ作戦に携わった二人である。
作戦の完遂を喜ぶ心は誰より近く。
厚着が黙って頷くと、利吉もただ目を細めて嬉しそうに微笑んだ。


“―――…利吉君。”


言葉はなくとも心が通い合っている、至福の瞬間だった。
そして返される目礼に、年甲斐もなく心が躍る。
高揚する気分の原因が、作戦の成功だけではないことは
厚着にももう分かっていた。


たった二日間行動を共にしただけなのに、利吉の様々な一面に触れることで
自分の中の執着心や感情が、随分と久しぶりに生々しく感じられた。
不惑もとうに越した年の自分が、
今更こんな感情を抱いてどうなるのかと呆れもするが。


喜三太を見ている利吉の横顔は、どこまでも優しい。
厚着は、時間が許す限りいとおしいその表情を眺め続けた。



***



一夜明けて、4日目。
村々を巻き込んだ騒動が全て解決し、元通りの平和が戻ってきた。
それぞれが、それぞれの「安心できる共同体」へと帰っていく。


避難していた村人たちが帰ってきて、活気の戻る園田の家々。
次の務めに動き出す、城のお抱え忍者たち。
復旧作業を終え、合流し、互いの無事を喜び武勇伝を語る生徒たち。

厚着も学園に帰る子供たちの手を引いて、陽の光が眩しい街道を歩いていた。


ただ――、彼だけは例外だ。


利吉は、園田村の面々と合流した荒れ寺までは一緒だったが、
まだ任務があるそうで、昨日のうちに別れた。

彼には、帰る共同体などない。
これから足の向かう場所がどんなに修羅の道でも、
何も語らず平然と、にこやかに手を振って立ち去る潔さ。
しなやかな鞭のような精神力。

日暮れ時、夕闇で濁る林へたった一人で消えていった姿は、
掴み所ない彼の立ち位置を象徴しているようでさえある。


もちろんどこにも誰にも属さない道を選んだ彼にとっては、
それが当然であり、ある意味いつもの日常に戻るだけの話。
憐れむ訳ではない。

けれど、昨夜まで自分のすぐ側に在って語らった姿が
遠のいていくことに寂寥感を感じずにはいられなかった。


特別な存在にでもなったつもりか?


自問しながら自惚れを戒めるも、拭いきれない口惜しさが滲む。
もう一度、利吉と二人きりで、語れる機会が待ち遠しかった。
その時。


「オーマガトキのお殿様の褌だぞ〜!」


旗印のごとく高々と揚げられる金繍の上布が、太陽にはためいた。


“ああ…”


無邪気に歓声をあげる、生徒達の屈託ない笑顔は
他の誰でもない利吉のあの提案から始まったのだ。


秋晴れの昼。
雲の高い澄んだ空に映える、目の前の光景を眺めながら
厚着はぼんやりと、ここにいない利吉の身に思いを馳せる。


”どうか、今この時も、その先も君が無事であるように…”


良かった良かった、めでたしめでたし…単純にそう喜べないまま、
もう一度利吉の去った反対方向の街道を振り返った。





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