どこにも属さない 1


木枯らしが吹き始める霜月の頃だった。

ドクササコのすご腕忍者、と呼ばれる男は、
自らに付いた通り名に恥じぬ実力を研鑽するために、
空いた時間を見つけては、領内の峰を踏破し鍛錬に勤しんでいた。


そんなある日。
早朝の鍛錬がてら、慣れた山道を登り、国境の峠まで差し掛かろうという時。


「……ん?」


すご腕は地面に点々と続く血痕を見つけ、眉間の皺を深めた。

それは鮮血…とまでは行かないが、まだ生々しい赤褐色の色を保っているし、
並行して引きずる足跡が獣のものではないことを物語る。


“行き倒れの旅人か…それとも…”


ここは普段、あまり往来がある道ではない。

何かしら騒動が起きているのであれば、
ドクササコ領内のこと、見過ごすわけにもいかないだろう。
そう踏んで暫し立ち止まる。

粘土質の多い地面は、ここのところのからっ風ですっかり白茶けているため、
血痕を追うだけなら容易い。


“ともかく、辿れるだけ辿ってみるか。”


暗器の隠してある腕を確かめるように触ってから、
すご腕は、再び朝靄の山道を進んでいった。




* * *



血痕は、間もなく途切れ、茂みへと消えていた。
しかし茂みの先は、かなり急な傾斜の土手が広がっている。

この辺りは広葉樹が多い。
夜露で濡れた落ち葉は、極めて滑りやすかった。


“…茂みに身を隠したはいいが、転落した―――ってところか。”


手近な樹木に縄を縛りつけ、伝いながら自らも傾斜を下る。
周囲を見渡しながら徐々に降りていくと、少し傾斜が緩やかになった土手の
ある一点で、すご腕の視線がピタリと止まった。

ほの暗い雑木林の中で、ようやく昇った朝陽の光が
すご腕に何かを教えるようにそこだけ差し込んでいる。

視線の先には、散り落ちた色とりどりの落ち葉。
そしてそれを褥にして、うつ伏せに倒れている人影。

漆黒の忍び装束が、朝陽と極彩色の落ち葉の中に在って、
どこか幻想的に浮かび上がる。

投げ出された手は、すらりと長く、血の気が失せて青白い。
顔は黒髪に隠されており分からないが、豊かな濡れ羽色は朝陽に柔らかく光り、
その者がまだ年若いことを示している。


「おい!大丈夫か!」


降りながら呼びかけてみるものの、返事はおろか身体を起こす気配すらない。


“―――…既にホトケ、か?”


しかし、近づきつつじっと観察すると、青年の喉元が浅い呼吸を繰り返しているのに気づく。
どうやら意識を失っているだけらしい。

当然、動かなければ底冷えしてくる気候だ。
放置しておけば回復どころか体力は低下する一方だろう。
それに領内で騒動が起きているなら、当事者である人間を確保しておく意義もある。


“仕方ない、とりあえず拾ってやるか。”


青年を抱き起こした途端、


「!!…こいつ!」


すご腕は息を呑む。


“山田、利吉じゃないか…!”


いくぶん雨土に汚れてはいたが、
抱き起こした青年の顔は、確かに見知ったものだったのだ。






2へ続く

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