どこにも属さない 11


“こんな、こんなに、呆気ない…ものなのか?”


利吉を腕に抱きながら、
すご腕は自分が目測を誤った事実に愕然とした。

ドクササコの出城で、1ヶ月近く暮らしている間、
利吉が記憶を取り戻す気配などなかったし、
部下たちと話をしている利吉はとても楽しそうで。


だから、すご腕忍者としては
「自分が勝てる確率の高い賭け」を持ちかけた筈だった。


それがどうだ。

山田伝蔵に会わせた途端、利吉の様子は変わり、
僅か数分の間に勝敗の明暗が分けられたという現実。

賭けの終幕は滑稽なほど呆気なく、
到底納得できるものではなかったけれど。


無意識とは言え、利吉は
自分との未来より伝蔵との過去を選んだのだから、
どうしようもない。

これ以上余計なことを考えると、
腕の中の温もりをいよいよ手放せなくなってきそうで。

すご腕は強制的に思考を中断させて、固く目を閉じる。

そして未練がましい心を振り切るように、
いささか乱暴に利吉の体を伝蔵へ押し付けた。


「……つれて、帰るがいい。」
「!!」


驚いて、すご腕を見る伝蔵。

これほど潔くドクササコ側が賭けの結果を受け入れるとは
思っていなかったのだろう、
露骨に何か問いた気な視線を寄越してくるが。


「何をしている。そいつを連れてさっさと消えろ。」


今のすご腕に多くを語る余裕などなく、ただ搾り出した声で威嚇するだけ。
詮索をやめた伝蔵は、


「…ああ、本当に利吉が世話になったな。
学園へ戻ったら、お前の残りの部下たちを解放すると約束しよう。」


そう言って、気を失ったままの利吉を大事そうに抱えなおすと
黄昏時の闇に溶けてゆく。



「……。」


解放されたばかりの部下がしきりに狼狽する隣で、
じっと後姿を見送るすご腕。


ちちうえ、と。

例えか細いうわごとであったとしても、
利吉が自ら父親を呼んだならば、記憶回復の時期は近い筈だ。

入れ替わりにドクササコでの生活のことなど忘れてしまうかもしれず、
もう力づくで引き留めることは無意味だろう。


「お頭ぁっ…!」
「追うな、捨て置け。」
「そっ……そんなぁ…。」



一喝された部下は、がっくりとうなだれるも

「おい勘違いするな、…………あくまでも“今は、”だぞ?」
「えっ!!“今は”?!」


続いたすご腕の言葉に、一転、ガバリと伸び上がる。

見上げる部下の目には、
不敵な笑みを浮かべたすご腕忍者が映っていた。


「俺を、誰だと思っている。」
「!!」


部下の表情がパッと輝く。

ドクササコ忍者隊を統率するに相応しい洞察力。
まさにこれこそ、彼が“すご腕忍者”と評されている所以。



そう、彼は既に見つけていたのだ。


利吉を得られなかったと泣き寝入りするどころか、
今回の失敗を基に今度こそ確実に利吉を得られる方法を。



***



すご腕忍者は、改めて考えを巡らせる。


自分が賭けに負けた原因は、やはり
山田伝蔵と山田利吉の関係を甘く見ていたことだろう。


利吉と共に暮らしている間、
巷の風評からでは想像できない表情を見せるようになっていたし、
ススキヶ原で口付けした時も、
驚いたようではあったが拒否や抵抗はされなかった訳で。

自分達は、ちゃんと利吉にとって特別な存在になれたのだと
思い込んでいたのだが。


そんな程度では、全く駄目だった。自惚れだった。



思い出すのは、利吉を取り返しに
単身敵陣へ乗り込んできた伝蔵の眼。

「心配」という言葉より「執着」という言葉が相応しいほど、
強すぎる愛情を滲ませていた。


十八年もの間、山田伝蔵という一人の男から
あれほどの愛情と執着を注がれ続けて育ち。

利吉自身、その愛執から逃げるどころか、
健気に全身全霊を以って応えようとしているならば。


いくらすご腕が利吉へ想いを寄せようが、
部下たちが利吉を慕おうが
所詮赤の他人である上に、過ごした時間はわずか一ヶ月。

共有する血と時間の差は如何とも埋め難く、
他者が入り込む隙間なんてある筈もない。



賭けは負けるべくして負けたのだった。



どこにも誰にも属していないはずの利吉が秘めている、
どこに誰といても決して切れない「鎖」のような、山田伝蔵との関係。


“利吉にとっての山田伝蔵の存在は
 あまりにも絶対的過ぎる…が、しかし…。”


獲物は得難いほうが面白い。
諦めるという選択肢も元より存在しない。

ならば、利吉を得るために採るべき方法はただ一つ。


山田伝蔵にすご腕自身の実力を示し、認めさせること。
そうすれば、利吉の意識もおのずとこちらへ向いてくる。


回りくどいようにも見えるが、利吉を心ごと得ようとするなら
山田伝蔵を利用するのが一番効果的なのだ。


「まずは外堀。次こそは逃がさん。」


すご腕は、利吉の消えた方向を愛しそうに眺め、そう呟いた。











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