どこにも属さない 2


思わぬ邂逅。

だが、悠長に驚いている時間など無かった。


抱き寄せた瞬間、すご腕の手にヌルリと纏わり付いた感触は、鮮血。

黒い忍装束のせいで遠目では分からなかったが、
右肩から背にかけて布地がしとどに濡れている。

まさに、辿ってきた血痕の正体だった。


意識を失ったままの利吉を抱えなおし、
いささか乱暴に装束の襟元を肌蹴させると


「!!」


朱に染まった肩甲骨あたり、痛々しく刻まれているのは一発の弾痕。

貫通はしていない。
つまり、鉛弾がまだその身体に埋まったままのようだ。

何より夥しい出血と、気温の低さ。
予断を赦さない状況なのは、素人でも分かることだろう。


“おいおい…!俺が通りがからなかったらどうするつもりだったんだ、コイツ!”


毒づく間にも、利吉の顔色は先程に増して透き通るように白くなっており、
このまま腕の中で息絶えるのではないかと思うほど危うい。

文字通り、この瞬間、すご腕が“山田利吉”の生殺与奪を手中に収めていた。




となれば当然、ドクササコ忍者隊の首領として
“山田利吉”の利用価値に気付かない筈がない。

そもそも、忍びを生業としている同業者の利吉は、
各地の城や大名がこぞって仕事を依頼しようとする売れっ子ぶりで、
まだ十八歳そこそこという年齢にもかかわらず、
流布している噂は、選良・一流・火縄銃の名手…など大層な美辞麗句ばかり。

それでいて、どこの組織にも属さずフリーを謳っている身なのだ。

助けた恩を売っておき、ドクササコに対する「貸し」を作る利点は大きい。



はたまた。
彼の父親・山田伝蔵は忍術学園で教師を勤めており、
過去に幾度もドクササコと刃を交えている目障りな敵である。

山田伝蔵の掌中の珠ともいうべき存在を人質として捕らえておけば、
「対忍術学園の切り札」として使える利点もある。


損得や利害の俎上に乗せて考えると、
助けるに足る理由などいくらでもあるように思えた。



実は、それと同時に。

見殺しにするのは惜しいという直観。
“山田利吉”に対する興味。
と言ったもっと単純で根本的な感情が、すご腕の胸中で確かに湧いていたのだが。



らしからぬ個人的な執着心は、忌々しげな舌打ちとともに黙殺されてしまう。


「・・・所詮、獲らぬ狸の皮算用、だ。」


どうせあれこれ考えたところで、こんな山の中では、
処置のための満足な道具すら揃わない。


「出城まで体力が持つかどうかは、こいつ次第だからな…。」


言い訳のようにも聞こえる独り言を呟きながら、
懐の手拭いを引き裂いて、気休め程度の止血を済ませる。

そして、自らの背に青年を担いだ。

すると朱に染まったその身体は、思っていたよりもずっとずっと軽く、


“よくまぁ…こんな体格で忍びなんて生業をやっているもんだ。”


すご腕は眉を顰めずにはいられなかった。






3へ続く

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