どこにも属さない 3


四半刻もしないうちに、すご腕は山中にあるドクササコの出城へと到着した。

緊急事態といえ、お世辞にも「味方」とは言えない怪我人を運び込むのだ。
騒動を大きくするのは本意ではない。

そこで本領発揮とばかりに人目を避けながら移動し、自室へ急ぐ。

さすがに直属の部下たちは目敏くて、
怪我人が“山田利吉”であることに気付いた途端、驚きを露わにしたが


「お、お頭!そいつ…っ!?」
「話は後だ!肩に鉛弾くらってやがる。すぐ処置の用意をしろ。」


鶴の一声というやつで、指示が飛ぶと皆慌てて床を延べる準備に取り掛かった。




部下が火を起こし、湯を沸かし、処置道具をかき集めている間。

つかの間の静寂に、すご腕は利吉を布団の上へうつ伏せに寝かしつけ、
炭櫃で部屋を暖め始める。

すると、ほどなくして


「…う…」


長い睫毛が僅かに震え、幾分生気の戻った薄桃色の口唇がわななく。
加温と止血が功を奏したのか、利吉は意識を取り戻したようだった。


「ああ、気がついたか。」


まだ予断を赦さない状況とは言え、ようやく開いて自分を映す瞳が
まずまずしっかりしていたため、胸を撫で下ろすすご腕。


「貴様は運が良い。ここはドクササコ領内の砦だ。
 ナニ、助けてやっただけで別に危害を加えようとは思っていない。」


とりあえず安心させてやろうと、必要最低限の情報を伝えたつもりだった。

しかし。
すご腕を見て警戒する風でもなく、利吉が浮かべるのは困惑しきった表情のみ。
さきほどの言葉を聞いて、なお身体を動かそうとする。


「…?…っ痛ぅっ!」
「お、おい!動くな、馬鹿が!傷に障る!」


慌てて利吉を制止する。
いくら怪我による発熱に冒されているとはいえ、どうも様子がおかしかった。


「お前、怪我して倒れてたんだぞ!分かってるのか?!」
「…け、が…?……な、にも、思い出せ…な……。」
「あぁ?!」


思わず、素っ頓狂な声を上げるすご腕。
利吉の口から漏らされたのは、にわかには信じがたい言葉だった。


「まさか、自分の名前も忘れちまってる、なんてことは…」
「…………な、まえ……?」


最悪の事態を想定して投げかけた問いに対しても、
利吉はただただ困惑して、消え入りそうな声で鸚鵡返しの単語を呟くだけ。

もともと山中で利吉を拾ったこと自体偶然ではあったが、
輪をかけて記憶喪失とは予想外もいいところで、すご腕は天を仰ぐ。


「なんてこった!」


第一、この状況は非常にまずい。
今から利吉の右肩に埋まったままの鉛弾を取り出す処置を行うのだ。

身を切開される痛みは、大の男であれ、泣き叫ぶような苦痛を伴う。
忍びとしての利吉であれば、まだ何とか堪えられるだろうが、
自分が何者かさえ忘れてしまっている今の利吉には、あまりに惨い処置。



かと言って中止するわけにもいかず、すご腕は少し長めの息を吐いた。


「…いいか、全部忘れてしまってるところ悪いが、まず落ち着いて俺の言うことを聞くんだ。」


利吉の枕元に胡坐をかいて座り、力強い眼差しでゆっくりと語りかける。
続けては声が出せないのか、苦しい息の下でコクリと頷く利吉。


「よし。お前の名前は山田利吉。で、俺はお前の………知り合いだ。
 山で偶然、お前が怪我して倒れている所を見つけた。それでここへ連れてきた訳だが。」


指先でさし示したのは、朱に染まった青年の薄い肩。


「お前のココには、まだ鉄砲弾が埋まってる。痛いだろう?
 こいつをすぐにでも取り出さなきゃならん。分かるな?」
「……!」


さっと、利吉の表情に緊張が走る。


「当然、処置には相当な痛みを伴う。その覚悟を持ってもらいたい。」
「か、くご…。」


先程意識を取り戻し、しかも右も左も分からない状態で
突然そんなことを言われたら戸惑うどころの話ではないだろう。

言葉数は少なくとも、怯え泳ぎがちな視線だけで感情はすご腕へ充分伝わった。

横になったまま不安そうにすご腕を見上げる利吉の瞳。
そこには、以前騒動で対峙した時に見せたような、凛とした強さは見当たらない。


「そんな顔もするんだな。」
「…?」


なんだ、年相応のところもあるんじゃないかと。
フリーのエリート忍者の素顔を垣間見た気がして、すご腕はふっと表情を緩める。

当然、利吉は怪訝な表情のまま小首をかしげた。


「…ああ、いや、不謹慎だった。すまない。
 心配するな、俺はこういう処置に慣れている。なるべく手早く終わらせるつもりだ。」


その仕草が妙に可愛らしく、無意識に手を伸ばす。

すご腕の大きく骨ばった手に撫ぜられて、利吉の額で前髪が優しく揺れた。






4へ続く

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