どこにも属さない 6


冴え冴えと浮かぶ寝待月。

利吉を拾った日が確か新月だったから、もう三週間になるのかと思いながら
すご腕は夜空を眺めていた。

そこへ部下の一人がやってくる。



「あのー…相談なんですが…。」
「何だ。」
「…ちょっとだけでも散歩に行くってのは、やっぱりダメですか?」


恐る恐る向けられた質問には主語と目的語がない。


「…………山田利吉のことか。」
「あ、はい!」

聞き質すと、案の定、的中する。
すご腕は少し考えるように目を閉じた。




ここのところの利吉は、療養中といえば聞こえはいいが、
実質奥の間に軟禁状態である。
一人で寝起きできるまでに回復しているのだから、
いい加減外の空気が吸いたくなる頃だと思う。

しかし、本人の口からはそのような要望は一切なく、
奥の間で日夜せっせと漢書を和文に訳しては、
布団周りにたかる部下たちに音読して聞かせている。


“実際、よくこの短期間に打ち解けたものだ…”


と、すご腕は利吉に対して感心すら覚えていた。


どこの組織にも属したことのない人間であれば、正直もう少し
部下たちと馴染むには時間が必要かと予想していたのに。
利吉のいる奥の間からは賑やかな声が響き、心配は杞憂に終わった。


しかも、利吉の的を得た教えのおかげで、難しい原典に四苦八苦していた連中が、
今では自分から質問するようになっているようで。
ドクササコにとっても、いい方向に歯車が回り始めている。



ここまで組織に馴染めるのであれば、逆に今まで
どこにも属さず一人でいたことが酷く勿体無いように思えてくる。

仲間がいてこそ乗り越えられるものがあるし、
大きな組織にいてこそ成し遂げられることがあるだろう。


部下たちに囲まれ、年相応の笑顔で過ごす利吉を見ていると


“記憶が戻らなければ、いっそこのまま…。”とか
“こうして連中に囲まれて笑っているほうが良いんじゃないか。”とか。


そんな風に考えさせられる場面が幾度かあった。



だから、部下たちが利吉の一生懸命な様子に絆されるのも、まぁ無理はない。


「…いいだろう。」
「ぃやった!」
「ただし俺が連れて行く。ゾロゾロ大勢で行って人目につくと面倒だからな。」
「えーっ!お頭、ずるい!」
「万一逃げられでもしたら、お前たちでは手に負えん相手だ。」


すご腕が冷静に諭すと、すぐに部下は慌てて背筋を伸ばす。


「わっ、分かりましたぁ!」


一緒に行けないことは残念だが、ダメもとの筈の外出許可が下りたことだけでも
ひとまずは良しと納得したようである。

伝えてやれば喜ぶだろうと思ってか、部下はそのまま利吉の部屋へと走っていった。



***


翌日。
ドクササコ領は秋晴れに恵まれた。

すご腕と利吉。
二人の散歩先は、体調や人目・もろもろの事情を考慮して、
すぐ近くの裏山・ススキヶ原までと決まった。

久々の外出…というか、記憶をなくした利吉としては
初めての外出になる。
緊張と興奮で頬を淡く紅潮させる青年を横目で見ながら、
すご腕は自らの私服を貸し与えた。


極力、色の明るいものを選んだつもりだが、それでも藍色である。
無骨な己の目にも、利吉にはもっと明るく優しい色の着物が似合う…と思った。


「地味なものばかりだが、我慢してくれ。」
「いえ、そんな!年頃の娘ではないのです、貸して頂けるだけで。」
「そうか。……では、そろそろ行くか。」


他愛ない言葉を交わしながら、奥の間を出る。

もうすぐ利吉を拾って一ヶ月。
山田伝蔵を始め、学園関係者がそろそろ異変に気づいてもおかしくない。
こんな機会は二度とないだろう事実が、すご腕をいつもより優しくさせたのかもしれない。


風は冷たすぎないだろうか。
日差しは強すぎないだろうか。


そんな心配までしてしまう自分に苦笑しながら、


「病み上がりだ、足元には気をつけろ。」
「…はい。」


ちょっとした段差、泥濘にも視線を送るすご腕と。
くすぐったそうに注意を受け止め、後ろに付き従う利吉。


「…こうしてみるとお頭と利吉さんて、いいな。」
「ああ、美男美女、みたいな…。」
「バカ、利吉さんは女じゃないぞ!」
「分かってるさ!でも…何か…こう、さぁ…。」


それは、門まで見送る部下たちが
思わずうっとり見とれてしまうほど、絵になる二人だった。






7へ続く

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