どこにも属さない 8


話は少し前に遡る。


「…いつまで一緒にいられるんだろうな。」

出城の門からすご腕忍者と利吉を見送った部下たちは、
誰ともなく心のうちをぽつりと呟いた。

疑問とも不安ともつかない感情を、抱えているのは皆同じ。


確かに最初は。

すご腕忍者の部下たちも利吉を体のいい人質にして、
山田伝蔵を始めとした学園の連中が慌てる顔さえ見られれば良かったし、
ついでに有利な交渉ができれば儲けもの…くらいに軽く考えていたのだが。


この一ヶ月の共同生活が、考えを変えた。

山田伝蔵の慌てる顔やドクササコに有利な交渉より、
利吉が自分たちの傍にいてくれることのほうがどれだけ掛け替えないか、分かったからだ。

今の利吉は、もう怪我を負って運び込まれた時の“エリートで売れっ子忍者”ではない。
自分たちと釜の飯どころか喜怒哀楽まで共有する“ドクササコの一員”である。

命さえ危うい状況の彼を発見したのはすご腕忍者であり、
記憶のない利吉を支えているのは自分たちだという自負もあった。

だから。

記憶が戻らないならずっとここにいて共に暮らせばいいと思うし、
今の利吉にとっても、学園側へ引き渡されてフリーに戻るより、
自分たちの仲間として生きていくほうがきっと安全で楽しいだろうと思うのだ。


「…お頭はどう考えてるんだろう?」

「前に、学園が騒ぎ出したら利吉さんを引き渡す、って言ってただろ。」

「騒ぎ出すってそれ、いつだよ。」

「知るか。もう騒いでるかもしれないし、まだ気づいてもないかもしれない。」 


それぞれの推論は飛び交っても、結局答えなど出る筈がなく。
利吉がいなくなるのは、今日の夜かもしれないし、はたまた更に1ヶ月先かもしれなかった。

いつ迫られるか分からない別離をただ待つだけ、という状態は、
忍びになって間もない部下たちには到底耐えられるものではない。


そして、密かにすご腕の部下たちは心を決めた。


「―――…確かめに、行くか。」


忍術学園へ偵察にいくことを。

明確な時期を知ることは出来なくても、
せめて今学園側が利吉の“音信不通状態”に気づいているのかさえ
確かめられれば十分だ。


「よし、そうと決まれば善は急げだ。行くぞ!」

「えっ、お頭に言わずに…か?!」

「なにも今回はあいつらと一戦交えるわけではないからな。
 こっそり覗いて様子を見てくるだけなら、俺たちだけでも楽勝だろ。」


願わくば、山田伝蔵を始め学園の連中が
まだ山田利吉の“音信不通状態”に気づいていませんようにと念じながら、
すご腕忍者の部下たちは偵察の支度を整える。

もし山田伝蔵が何も知らず暢気に授業をしていたら、
それだけでまだ暫く自分たちは安心して利吉と暮らしていけるのだ。


―…もっと勉強を教えてもらおう。
年の頃はそこまで離れてないんだから、
逆に教えてやれることだってあるかもしれない。

それから完全に傷が癒えたら、
今度こそ揃って出かけられるようにお頭へ願い出よう。

冬になったら、忍務の間を縫って雪合戦しようか。
酒も一緒に飲めたら、もっと楽しいだろうし。
春になったら、皆で梅か桜だって見に行けるだろう。


…なんて。
行動に移してしまえば、モヤモヤと思い悩んでいた気持ちも治まり、
次から次へ楽しい計画が思い浮かぶ。

偵察に向かうすご腕忍者の部下たちの足取りは、とても軽くなっていた。



***



しかし数刻後。
すご腕忍者の部下たちの甘い幻想は、木っ端微塵に粉砕された。


「………で?コソコソ学園に覗きに来たってか。」


眼前にあるのは、何も知らず暢気に授業をしている山田伝蔵の表情などではなく。
一ヶ月近く音沙汰のない愛息子を心配しすぎて臨界点を突破した
阿修羅のような山田伝蔵の表情だった。

それは、部下たちがまさに学園へ忍び込もうとする直前のこと。

運悪く、外出から帰ってきたばかりの伝蔵に背後を取られる形になり、
瞬く間に全員が締め上げられて今に至っている。


「飛んで火に入る何とやら、だなぁ。」

「「「ち、ちくしょお〜〜…!!」」」


木に括り付けられた部下たちは身動き一つとれず、
ただ悔しさに地団太を踏むことしか出来ない。

当然、忍び込もうとしていた理由も追求された。

利吉の音信不通状態が続き、ちょうど訝んでいるその時期に、
ドクササコの忍者が現れたのだ。
伝蔵も何か閃くところがあったのだろう。


「…利吉はどこじゃ。」


ずばりと単刀直入に聞いてきたから、
そんなもの知るか…なんて啖呵を切ったりしてみたが。

伝蔵は表情も変えず、どこからか持ってきた長い鉈を
ギラつかせて低い声で凄む。
そこに教師としての顔は微塵も残っていない。


「……知っている情報を吐くか、皮を剥がれるか、選べ。」

「「「―〜〜〜〜っ!!!」」」


喉元すれすれに刃を当てられて戦慄する部下たちが、
それでもなお健気に抵抗の意を示すと今度は、
だったら仕方ないとばかりに怪しげな薬草を持ってきて
目の前で何かを調合し始める。

ゴリゴリと薬研を動かすその表情は、一見能面のようだが
血走った目には尋常ではない光が宿っており。


「子供達に見つからなくて良かったわい…。」


聞き捨てならない呟きを洩らしながら、
緑色とも灰色ともつかぬ液体を持って迫ってくる。


「「「ぅわあああ――――!!!」」」


観念した部下たちは、泣く泣く、事と次第を喋らざるを得なかった。






9へ続く

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