妖刀騒ぎのその後で。前編



トフンタケ城の忍者隊に属する切羽拓郎という男は、
身の丈、六尺二寸(約185cm)近い
大柄な体躯の持ち主である。


ゆえに。

どちらかと言えば、
町衆に化けたり人目を避けておこなう隠密行動よりも、
武士として人と正面から関わり、その心の隙に付け入るような
調略・謀略を得意としてきた。


先だってよりキクラゲ城に潜入し
仕掛けていた"袋翻しの術"も、その一環。
キクラゲ城の大殿にとりいって、古参の家臣を幽閉するまでは順調だったのだが。


妖刀と噂される極楽丸を手にし、つい欲を出したのがまずかった。
忍術学園や他城が介入してきて、結局企みは全て水の泡。


すぐ帰城してトフンタケ城主に失態を詫び、
何とか放逐や追却は免れたものの。
しばらくの間、自分の屋敷に押籠(おしこめ)と命じられてしまった。




押籠とは、中世における自由刑の一種で、
罪人に対し、一定期間の昼夜の出入・通信を禁じて
自宅(あるいは自室)に謹慎・幽閉させることである。

切羽もその慣例どおり、家族や雇い人以外の接見や便りを絶ち、
屋敷に閉じこもって、今日で一週間。



殿のお怒りが解けるまで、とはいえ、
この先何日、何週間、何ヶ月・・・いやひょっとすると何年か。
なにもせず自室に座っているだけだなんて、ゾッとする。


焦りは次第に怨恨に変わり、切羽の口からは知らず愚痴が零れた。


「くそっ、忌々しい…」


自業自得の部分もあるけれど、忍術学園さえ邪魔しなければ
戦局があそこまでさんざんになることはなかったと思う。

それが正直、面白くなかった。


こうして暇を持て余した切羽は、
どうにかしてこの鬱憤を晴らせる方法はないかと
八つ当たりの算段を巡らせ始めたのだった。




ただし分析するまでもなく、状況は悪い。


袋翻しの術だけでなく総攻撃まで失敗に終わった今、
トフンタケの勢力は一時的とは言え弱体化している。

体制建て直しの真っ最中。

忍術学園やドクタケ城・タソガレドキ城は
八つ当たりの相手として規模が大きすぎるし、
キクラゲ城に再度挑むのも時期尚早である。

おまけに殿の不興を買って、押籠を命じられているこの状況。



切羽個人の裁量で、都合よく憂さ晴らしできる対象なんて、
せいぜい同じような個人――。


そこまで考えて、ふと切羽は顔を上げる。



「――…そう言えば」


忍術学園と近しい距離にあるけれど、
表立っては部外者の立場をとる、一人の青年がいたではないか。


「たしか、名を、山田利吉…」


切羽は、記憶を辿るように呟く。
どこにも属していないというあの青年。


妖刀騒ぎの折、直接刃を交えることはなかったが、
大乱戦の中で、前髪立ちの若衆姿はひときわ強く凛々しく、
敵ながら印象に残っていた。


後から聞いたが、キクラゲ城に攻め入ったトフンタケ勢の話によると、
その山田利吉が、家老・常光寺与ヱ門を地下牢から
抜けさせた張本人でもあるらしい。

憂さ晴らしの相手には、まさにうってつけだ。



"そうだな。派手に動かずとも、あの青年一人ぐらいなら―・・・"


学園には言えない程度に痛めつけて、憂さを晴らすのも面白い。
切羽の口元に、久しぶりの笑みが浮かんでいた。




***




切羽自身は押籠の身であるから、
数少ない面会できる雇い人を通じて、
さっそく子飼いの手勢に山田利吉の動向を探らせた。


するとさほど日を置かず、
白羽の矢を立てた青年の居場所が判明する。


それもその筈。
利吉が身を置いていたのは、幸か不幸か、トフンタケ城下。
学園から依頼を受け、妖刀騒ぎの事後、
念のためトフンタケに不穏な動きがないか
様子を伺っていたところだったのだ。



巡礼者に変装した利吉は、
霊験ある諸国の寺を尋ねるふりして、
七日ほどトフンタケ城下に滞在した。


妖刀騒ぎで戦場となったのはあくまでもキクラゲ城の領地。
敗退しても直接領土被害がなかったトフンタケ城下は、いたって穏やかで。
目深にかぶった菅笠ごしに伺う町は、平和そのものだった。


"さて、城主や忍者隊の動向も一通り掴んだことだし。"


一段落した利吉は、茶屋の腰掛に湯呑みと銭を置いて、席を立つ。

トフンタケでは、総攻撃時に消耗した体制立て直しのため、
城主や家臣団・斗奮四郎志兵衛忍者隊隊長こそ忙しくしているようだったが。

配下の忍者隊は、半農半忍の者がほとんど。

ここへ来る途中の町外れ、築地(ついじ)の傍らで
拍子を合わせて木槌で稲穂を打ち、脱穀に励む姿を多数確認している。
秋の農繁期を迎え、当面は大人しくしているだろう。


また袋返しに失敗した切羽拓郎も、
城主からの叱責を受け、自らの屋敷に押籠の処分を受けているという。



"まあ…学園にとって脅威になるような大きい動きは、しばらくないか…"



町屋が並び立つ賑やかな往来を歩きながら、利吉は
そろそろ任務の潮時と見て、城下を出ることに決めた。



往来を行きかうのは、琵琶法師に猿曳き。

その後ろに、牛に引かせ俵を積んだ二台の荷車が通る。
一頭ずつ牛追いの男と少年がついていた。

はたまた、被衣をかぶった女房衆の一行。
侍女の手には重箱をくるんだ風呂敷包みが提げられており
これから紅葉狩りにでも出かけようとしているのだろうか。


見世の軒下には、漆器、陶器や籠、本に粽、柿まで
様々なものが売られて行きかう人々の目を楽しませている。

おうご(天秤棒)をかついだ振り売り達も、
杣板の束や、柴、魚に野菜、油…とそれぞれに行商していた。


町屋の中では塗師・研師が黙々と作業をし、
さらに下れば、寺の堂内からは読経の声が響く。


ようやっと人通りの少ない町の外れまで来て、
四辻の真ん中に差し掛かった時。






突然、四方の土塀脇から現れた男たちに
利吉は囲まれた。


「!!!」



手薄なはずの城下に、予期せぬ事態。
利吉は、悟られぬよう小さく息を飲んだ。


取り囲む男たちの身なりは、一見武士のようだが、
足運びの首尾がどうも隠密行動に慣れ過ぎている。

さては忍びか…と推測した時、背後に立つ男が
刀の柄に手を掛けたまま、静かに口を開いた。


「山田利吉殿。我等と同行願いたい。」
「はて…人違いではございませんか?」
「しらばくれても無駄なこと、調べはついております。」


あくまで巡礼者を装うも、相手は全く態度を変えない。
男はさらに、先の妖刀騒動でお顔も拝見しましたゆえ…と言い添える。
それはつまり、トフンタケの息のかかった者…という
正体を仄めかしているようでもあった。


"へえ…"


妖刀騒動に関わった者の中で、
キクラゲやドクタケ・タソガレドキが
急に利吉個人を狙ってくるのは考えにくいからだ。

となれば、さすがに他人の空似で押し切るのは無理な話で。


「―…断ったら?」
「これを見れば、お気も変わられるかと。
 我々としても今、"学園"相手に事を大きくしたくないのです。」


目の前に出されたのは、着古した子どもの小袖。
柄に見覚えはないが、言い添えられた"学園"という単語に
利吉の気配がサッと緊張を帯びる。

まさか、学園の生徒を人質に取ったというのか。


「……そんな着物一枚で信じろと?」
「信じる信じないは勝手。
 しかし我らがあるじは、今ちと機嫌が悪うございましてな。
 利吉殿が今日来ぬと分かったら、今晩にはもう、
 そこいらの川で子どもが一人浮いているやもしれません。」


背後から囁く男の声が、より低くなる。


「……利吉殿のお父上たちが気づき助けに動かれる、その前に。」
「!」


明らかな脅しに眉を顰める利吉。
その体を殺気が纏い、一触即発の緊張感が漂う。

が、重苦しい空気を、背後の男はひどく明るい声で破ってみせた。


「さよう剣呑な顔をなさらずとも!
 なぁに、あるじの目的は、ただただ貴殿のみ。
 大人しく来て頂ければ小袖の持ち主を解放、利吉殿のお命も保証します。」
「……。」

「ほんの少しの間、利吉殿があるじの"饗応"を受ければ、
 すべて丸く収まるのです。悪い取引ではないはず…。」



確かに"学園"相手に事を大きくしたくないとも言っていた。
どこまで信用して良いか分からないものの、
自分さえ抵抗しなければ、相手に殺意は無いようだ。


利吉は刹那、逡巡する。


学園の子どもたちの小袖柄までいちいち把握していない。
人質のことなど知ったことかと一蹴するのは容易いし、
この四人程度なら倒して逃走する事もできるだろう。

所詮、部外者。
怪しげな同行を拒んだ結果、犠牲者が出たところで
学園は誰も利吉を咎めない。





けれど。

出来なかった。




万一のこともある。
それは、十八の甘さか、過信か、…それとも。

利吉は内心、苦笑する。


"しょーがない…"


こういう時、スッパリと己を諦めてしまえる
潔さ、あるいは危うさが利吉にはあった。



それにしても、利吉が学園と微妙な距離に立っているのを知った上で、
判断しかねるギリギリの方便を使って交渉を仕掛けてくるとは。
連中の首謀者は、中々頭の切れる人物らしい。


風体は武士だが、忍びらしいしたたかさ。
力ではなく口先で人心を内から惑わすその手法。

子飼いの手勢であろうこの男たちを見ていると、
利吉に、まるで切羽拓郎を彷彿とさせるのだ。



「――――――…分かった。好きにしろ。」


ある程度の目星がついたところで、利吉は臨戦態勢を解く。
すると間髪置かず、地面に引き倒される。


「それでは、到着するまで暫し御休みの程を」


その言葉とともに、
馬乗りになった男が首元を絞めてきたまでは分かったが、
すぐに利吉の視界は暗転した。





***




「う…ん…」


蔀戸(しとみど)から差し込む、柔らかな夕日が眩しく、
暗闇に落ちていた利吉の意識が浮上する。

そして、目覚め、体を起こそうとして
次に感じたのは違和感だった。


「!?」


ゴトッと鈍い音を立て再び板間に沈んだ体に付いていたのは、
静かな夕暮れの部屋に不似合いな
一枚の分厚く重い欅(けやき)の首手枷。

うつ伏せに転がった利吉の首と両手を、
美しい光沢を放つ堅い木材がひとならびに束縛していた。

ご丁寧に付けられた金具が、首手枷と柱を鎖で繋いでおり
起き上がることすらままならない。


「っ!」
「おお、お目覚めかな。」


四つんばいのまま辛うじて顔を上げ、声のする方を睨めば。
単衣姿でくつろいだ様子の切羽拓郎が、ひとり縁側に立っていた。


"やはりこいつが首謀者か…"


配下の者は、戸外に控えているのだろうか。
うっすらと見張られている気配だけが肌にまとわりつき、
利吉は露骨に嫌悪の表情を浮かべる。


「その様子では、いまさら自己紹介は不要のようだな、山田利吉殿。
 先の妖刀騒ぎでずいぶん世話になった。
 今日は個人的に、ゆっくり礼でもさせてもらおうかと思ったのだ。」


対照的に切羽は満悦の表情で顎をさすり、のしのしと部屋に入って
利吉のすぐ側、円座の上に胡坐をかいた。


「ま、拙者も今動きが取りづらい立場ゆえ、
 近場ではこんな粗末な場所しか用意できなくて申し訳がないが。
 もともと公家の屋敷だった廃館、造りは悪くないであろう?」


そのまま、のらりくらり他愛もない話をし始めた切羽に、
業を煮やして利吉が声を上げる。


「学園の子どもはどうした。」
「!」


とたん、切羽は、いかにも驚いた表情で利吉を見て


「はは、まともな第一声がそれとは!」


愉快そうに笑った。


「そんなものいる訳がなかろう。
 一着、配下の者に、着古した子どもの小袖を借りたまでのこと。」


あの山田利吉が、まさか本当にガキの小袖一枚で連れるとは。
ずいぶんとお優しいことよと嘲笑する。



一方の利吉も、その一言で合点がいった。

 
「・・・なるほど。今、トフンタケは学園を敵にする余裕などないもんな。
 お前一人が勝手にコソコソ、腹いせで、私をおびき出しただけか。」


さっきの手勢が命は保証すると言っていたが、
恐らくこの状況下では殺したくとも殺せないと考えるべきだ。

利吉は部外者だが、山田伝蔵の息子でもある。
せいぜい、利吉個人に対して
学園が乗り出してこない程度の嫌がらせをして
鬱憤を晴らすのが目的なのだ。


 "…せめて怪我や骨折が長引かないことを祈るばかりだな…"


利吉が、ある程度の暴行は避けられないだろうと覚悟を決めたその時。
切羽の手が、ついと利吉の袴へと伸びる。


「!?…何を!」
「なにも、殴る蹴るだけが、報復ではあるまい。」


粘着質な声音が鼓膜に響いた。
無抵抗を良いことに、
呆気ないほどするすると、袴の帯は解かれて。

利吉は、自分から血の気が一気に引いていくのが分かった。



「さてさて、如何様にして嬲ってくれようか。」


苦労して、耄碌爺に媚を売り敵地に潜入し、
練りに練った策を一夜にして台無しにしてくれた礼を
舌なめずりして切羽は考える。


むろん同業として、山田利吉という青年の噂は
これまでも度々耳にしていた。

目を覚まし、無様にキャンキャンと吠えるようなら、
いたぶって腕や脚の一本でも折ってやろうかと思ったが。

怯える気配を見せず、キッと睨んでくる気の強さ。高潔さ。
だからこそ、堕とし甲斐がある。

こういう類の人間は、中途半端に痛めつけても弱音など吐かない。
最も有効なのは


「痛みよりも、屈辱――」
「!?」
「……快楽はお嫌いかな?利吉殿。」


うつ伏せになった利吉に圧し掛かり、
背後から耳元で嘯いた。








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