妖刀騒ぎのその後で。後編




首手枷で繋がれ身動きのできない利吉に
圧し掛かり、袴を剥ぐ。

露わになったその脚に触れれば、
大柄な体躯の下で青年は恥辱に震えた。


「…っ!」


声を上げれば眼前の男を喜ばすだけだと
分かっている利吉は、堅く唇を閉ざす。


「なに、ここならば外には漏れにくい。安心して声を上げても構わんぞ?」


一度体を起こした切羽は、面白そうにからかった。


もともと公家が住んでいたであろうこの屋敷の内部は、
ガランとしていて荒れ果てているものの、
典型的な寝殿造りとなっている。
利吉が繋がれているのは、その主屋の中心近く、
土壁に囲まれた二間の部屋"塗籠"。


「まぁ、いつまで強情を張っていられるか。」


取り澄ました表情がこれからどう歪むのか
つぶさに見たいと思った切羽は、
明かり取りの窓を少しだけ開ける。

皮肉にも満月の夜。

暴かれたばかりの、唐渡りの白磁陶器のような肌が
冴え冴えとした光に映えていっそう艶を帯びるようだった。

切羽は知らず唾を嚥下してから、力づくで利吉を仰向けに引っ繰り返す。
冷たい金属音と重い枷の音が、塗籠の内に響いた。


「っ…く…」


再び、ふくらはぎから太腿へ。
切羽の無遠慮な手が、繰り返し肌を撫で始める。


いっそ一思いに犯せばよいのにそうせず、
心の内を蝕むようにじわじわと触れてくるのが厭だった。


利吉としては。
あえて普段から前髪立ちの若衆姿を取っている以上、
年長者の男から好色の目で見られることも計算の内。
初めての事ではないし、常に覚悟の上のことではある。


もちろん大きな屈辱には違いないけれど、
相手に殺意がない今の状況は忍びとして自死を選ぶ程ではなく。
下手に抵抗するだけ余計な怪我を負うことになるだけとも分かっている。
ただこの酷い戯れ事が早く終われと、願うばかりだった。


「初めてではあるまい?
 どこを、どうされるのがお好きかな?」


わざと甘い声で耳朶を食み、息を吹き込むように侮辱する。
続けざま利吉の小袖のうちに手を入れ、胸の突起をまさぐれば
暴れこそしないものの利吉は体を強張らせて抵抗の色を見せた。

必死で快楽を感じまいと耐える様子に、ますます興を募らせる切羽。


正直、最初は舌でも噛んで自害されたら面倒なので、
猿轡でも咬まそうかと考えていたが。
さすがにこんな場所で命を絶つほど短慮ではないと見える。
青年武士のような高潔さと忍びとしての図太さが同居する・・・
そんなところは、嫌いではなかった。


"惜しいことよ、学園絡みの判断の甘さだけが…玉に瑕だ"


なぜ、引く手数多であるくせに
どこかの城に仕えるなり学園に勤めるなりしないのか。
いっそこのまま自分の下にいれば、
学園と言う楔など断ち切って変えてやるのに…とさえ。


そんなことを思いながら、切羽は、手で指で舌で視線で
徐々に利吉を追い詰めてゆく。


形の良い爪先は次第に快楽に捩れ、
顰められた眉は、もはや敵意を失いただ悩ましげであった。


利吉とて欲がない訳ではない。
忍びとしての強靭な自制心・理性が勝っていただけであり、
与えられた体は箍が外れたことを単純に悦ぶ。


珠の様な汗が肌の上をすべり、細く締まった腰は愛撫によく応える。
まるで、美しく艶やかな一輪の花が、開花していくような姿であった。



***



そして幾度目かの翻弄の後、
必死に呼吸を整える利吉に向かって、
動きを止めた切羽がぼそりと問うた。


「一つ聞きたい。
 お前ほどの忍びが、なぜ、未だどこにも属さない?」


あまりにも不安定で、現実味のない、その立場。

学園の卒業生でも、職員でもまして教師でもないくせに。
子どもたちが暮らす塀の中の世界へ、
外の情報をもたらし、時に戦力として加勢する。

けれど、それはひとたび学園にとって都合が悪くなれば、
「部外者」としてバッサリ切り捨てられてしまうような。
ひどく脆い関係性でしかない。

むろん元来忍びは、死間のような捨て駒的役割になることもあるが。
それでも背後に帰属する共同体を持つのと持たぬのでは全く話が違う。

聡明さとは裏腹の死に急ぐような利吉のやり方に、
切羽は単純な疑問を抱くようになっていた。



唐突な質問に、利吉は重い体を辛うじて起こし、言葉を返す。


「―…心配して下さると?」
「ぬかせ、興味本位で聞いたまでのこと」


嬲って尚ふてぶてしい利吉の様子に、切羽は鼻で笑う。


「減らず口を叩きおって」


華奢な頤へ手をかけ、ぐいと顔を近づけて威嚇するが、
利吉はその睨みを正面から受け止め、さらに言い返した。


「トフンタケにいながら、己で天下を志した貴方がそれを言いますか。」
「なに…?」


利吉の言葉を反芻し、切羽は極楽丸を手にした時を思い出す。
あの時、自分はトフンタケの一人として天下を狙っていたか。
いや、我こそがと、動いたのではなかったか。


「……。」
「目的は違えど、結局、私と同じ独り"を選んだ貴方が。」


変わらぬ気丈な瞳で、うっそりと笑みを浮かべる利吉。
緩やかな弧を描いた薄く柔らかな口唇に、視線が縫いとめられる。
妖艶さに思わず見惚れてしまう。


利吉は質問に正しく答えたわけではない。
自分の本心は明かさず、ただはぐらかすように、質問を質問で返しただけだが。
それでも敵である切羽を同類だと言っているようだった。




"ああ、まるで―…"


切羽は、ハッとする。

その尋常ならざる力と美しさゆえに、
世の大名どもがあの手この手で欲しがり、争奪し、
手にした者を魅了し、狂わせ、
一つのところに留まらず、転々とする。



そういうものを自分は、よく、知っている。





「お前が―…お前こそが、妖刀なのかもしれん。」




***




独り言のようにそう呟いて間もなく。
戸外にサッと目を配るやいなや、切羽の表情が一段険しさを帯びた。


手早く単衣を着なおし、利吉の首手枷を突然外す。
そして剥ぎ取られた着物が、無造作に利吉の体の上へ投げつけられた。


「ちっ、もっと可愛がってやりたかったが、時間切れのようだ。」


体の自由を取り戻した利吉は、切羽の気が変わらぬうちにと
痛む体を押して、自らも素早く着物を着込んだ。


「キクラゲ城の顛末と言い、つくづく学園の人間は横槍が得意と見える。
 …無粋な連中よ。」
「!?」


忌まわしげに言い捨てると、切羽はそのまま利吉に背を向ける。
おそらく矢羽で戸外の手勢に合図を送ると、
一度だけじっと利吉を見つめた後、母屋の奥の闇へ姿を消して戻らなかった。




シンとした塗籠に一人利吉が佇んでいると、
しばらくして天井から二つの影が現れた。


「利吉!」
「利吉君!」


月明かりに照らされたその顔は、見知った父親とその同僚。


「父上!?土井先生!?どうして…」


部外者である自分一人のために、学園が動くはずがない。
そう思っていただけに、驚いた利吉は伝蔵に焦り気味に問う。


「落ち着け、利吉。学園として動いた訳じゃない。あくまでも親としてだな…」
「利吉君の兄みたいな…まぁ家族として心配になってきただけで。」
「いや、でもどうして此処が」
「トフンタケの動向を探っていたのは、お前だけではなかったという事だ。」


伝蔵曰く、妖刀・極楽丸騒ぎに関わったドクタケはじめ、
他の城もトフンタケ城に偵察に来ていたらしい。


そのうちの一人・振り売りに化けていた風鬼が、
たまたま利吉が道端で拉致されるのを目撃し、
後を尾けた先の公家屋敷に切羽がいたことに驚いて、
学園へ知らせに走って来たそうだ。


「風鬼、が?」
「自分の力じゃ助けてやるまではできないが、
 せめて家庭教師の借りを返すと言っていたぞ。」


別に助けが来ずとも遠からず解放されていたとは思うが、
そういう妙に温かくて余計な思いやりが風鬼らしい。
どこにも属さなくても、案外色んな人間に心配されているようで
面倒なような有り難いような気持ちになった。


「しかし、切羽はどうした。」
「父上たちの気配を察して、さっさと退きましたよ。
 最初から私一人を狙っただけで、
 騒ぎを大きくするのを避けたがっていましたからね。」


もはやこの場に長居は無用と、利吉は立ち上がって衣服の埃を払う。
払った拍子に、首手枷がこすれた両手首の擦り傷がヒリヒリと痛んだ。


「…大丈夫か?」
「ええ、お陰様で大丈夫です。」


何をされた、とは言わないし聞かれない。
伝蔵も目立った外傷がないことに一応安堵するが、
弱音一つ吐かず平然としている我が子がほんの少し哀れだった。


「学園のしでかした騒動が原因で、その逆恨みがお前個人に向くこともある。
 大人しく捕まるなんて…どうせしょうもない騙され方をしたんだろう。」


明るすぎる月の光を避けながら、伝蔵たちはそろって屋敷を出る。 


「金輪際、下手な嘘を真に受けるな。情けは要らん。」
「…はい。善処します。」


父親の小言を受けながら、利吉は伏せ目がちに苦笑う。
そこに、切羽が目の当たりにした妖艶な笑みは欠片もなくなっていた。




***



翌日。

大人しく押籠の自室へ戻った切羽を待っていたのは、
屋敷の柱にズラッと打ち込まれた矢文であった。


何の騒ぎだと思って、文を開いていけば。

「かの青年に手を出すな、次はない」
どれも皆一様に、そんなような事が書かれていた。

切羽が利吉に手出しした事を知った他城が、
いっせいに脅しをかけてきたのだった。
ドクタケ・タソガレドキ・キクラゲ城…名前を挙げればキリがないが、
関西一円の錚々たる城も多く混じっている。
なるほど、諸大名が欲しがってやまない山田利吉と言う青年は
軽い気持ちで手を出せるような人物ではなかったようだ。

ついこの間、極楽丸で痛手を被ったばかり。
当面はもう近づくことすらできないな…と切羽は息を吐いた。


けれど、
書院窓に肘をかけて秋晴れの空を眺める気持ちは
不思議と愉快なもので。


山田、利吉、ねぇ…


戦さ場を縦横無尽に駆け抜ける姿。
ひるがえる前髪も元結もまるで舞のように優美だと言うのに、
次々繰り出される伸びやかな肢体は、鋭利な武器に等しかった。


恐ろしく戦場の空気を読むことに長けた肌は、暴けば敏感で初心。
意志の強い瞳から涙など溢れはしなかったが、
薄く紅みがかり潤んで、男を強請り。
育ちきらぬ青さが、危うい色香を放つ。


“あんなものを、間近で見てしまったら…”


思い出して、ムクムクと欲が出る。

いつか、妖刀のようなあの青年を。
身も、心も。
群がる共同体を出し抜いて、自分こそが手に入れたいと。
ひそやかな野心を抱く。


「妖刀を手にしたものが天下を取る―…か、
 俺もつくづく業が深い。」



切羽は、楽しそうにくつくつと哂った。




【終】















■あとがき

…ということで、初書き切羽×利吉でした。
10月にあきボー様より以下のようなリクエストを頂いたのですが↓


****************************

忍たま乱太郎の「実写第二段映画」の切羽拓郎→利吉前提の利吉総受け小説で、
「実写映画第二弾『夏休み宿題大作戦』から数日後、
フリーの売れっ子プロ忍者である山田利吉はいつものように任務を終えた帰り、
トフンタケ忍者の切羽拓郎に拉致されてしまう。

『妖刀・極楽丸』強奪事件の件で利吉の容姿に心を奪われた切羽は、
キクラゲ城を攻め込む計画を阻止された挙句、
トフンタケ城を攻め滅ぼした忍術学園とドクタケ城とタソガレドキ城に
復讐すると同時に利吉を手篭めにしようとしたその時、
忍術学園の教師である利吉の父である山田伝蔵と土井半助が現れる。
切羽とその一味は捕らえられ、利吉は無事に助け出される。

(12/8追加リクエスト)

切羽に捕らえられ、手篭めにさせそうになった利吉を
山田先生と土井先生が助け出した後、切羽が利吉を手篭めに使用とした事で
激怒した山田先生と土井先生を含む忍術学園と
ドクタケ城とタソガレドキ城とキクラゲ城の面々が
切羽を含むトフンタケ城に報復する。

****************************



答え合わせみたいな感じで・・・;;;
…ど、どうでしょうかね;?!


大枠、リクエスト通りに作れているでしょうか(汗
追加の部分は、もう既に話を八割方書いちゃった後だったんで
慌てて修正した部分もあり・・・100%ご希望通りに作れずスミマセン;

素敵なリクエストを下さったあきボー様、有り難うございました!


と。今回すごく書いてて楽しかったのですが、
調べものしながらやってるので、本当に書くのが遅くって
申し訳なさに胃痛が・・・orz
(土井先生か←)


自分はあんまりリクエスト受けるのに向いてないと痛感した今日この頃;
今回を持ちまして、リクエストをお受けするのは終わりにしたいと思います。


いつかまた、もっと早く書けるようになったら
お受けしたいと思います…><



戻る

inserted by FC2 system