恋と純朴 1


「利吉さん…。俺は…貴方が好きだ…。」

「私も…鬼蜘蛛丸さんをお慕いしています…。」









単衣姿の利吉を抱き寄せ、懐深く包み込む。
そっと柔らかな髪に触れると、利吉は嬉しそうに微笑んだ。



あどけない笑顔が愛おしくて。
嬉しいような切ないような感情に任せて、
ほっそりとした利吉の頤を指で掬う。

静かに、瞳を閉じ、桜色に染まった顔を上向ける利吉。
紅く形の良い口唇に誘われるように、鬼蜘蛛丸も唇を寄せて…











そして、柔らかな感触を期待した、まさにその瞬間。
残酷にも目が醒めた。
視界に映るのはいつもの水軍館天井の木目である。













「…んだぁ、夢か〜…」

鬼蜘蛛丸は、しばし夢の甘い余韻を反芻しながら、
気だるそうに足で布団を跳ね除けた。
そして、

「ー…今日、利吉さん来るのかな…」

ぽつりと呟く。



そう。今日は、待ちに待った
利吉が振り売りのための魚を調達しに来る予定日なのだ。



もともと利吉は仕事で城下へ潜入する際、
兵庫水軍から魚を、大木雅之助から野菜を仕入れたりなどして
振り売りに化けることが多い。



鬼蜘蛛丸は、時折ひょっこり顔を出すあの綺麗な青年に、
いつしか特別な感情を持つようになっていたのだが。



天候は鬼蜘蛛丸の恋路を邪魔するがごとく。
数日前から梅雨入りし、時化の日々が続いていた。

これでは、流石の海賊も漁へ出られず。
魚を渡す約束の日、つまり今日になっても
雨足は弱まる気配を見せなかった。



「時化が続いてるから…無駄足だもんな、来る訳ないか…。」


さっき見たやましい夢のせいで、一層恋しさが募ってしまう。
…会いたかったな…と内心愚痴て、のそのそと寝床から起き上がった。



木戸を押し上げて、格子戸から海風を吸い込めば
いつもならむせ返るほどの潮の匂いも、雨のせいで薄らいでいる。



どうにも本調子にならない身体を引きずって、
鬼蜘蛛丸は手水鉢へと向かった。




2へ続く

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