恋と純朴 3


やがて廊下にドカドカと足音が響く。
鬼蜘蛛丸に先導されて、せわしなく第三協栄丸が客間へやってきた。



「いやぁ〜!折角来て頂いたのにすみませんねぇ!!」


丸い藁御座に腰を下ろし、開口一番、ここ数日の不漁を詫びるので



「いえ、こればっかりは天候次第ですから。
 今日はご挨拶だけにして、後日改めてお伺いしようかと。」


利吉も恐縮しながら、さっさと立ち去るつもりで
横に置いてあった手荷物を手繰り寄せた。



けれど

「あ、それなんですが、どうも明日あたり晴れそうなんですよ。」


下げていた頭をパッとあげて、第三協栄丸は言い放ち
事態は利吉の全く予測していない方向へ進んでいく。



「だから、どうです?今晩ここに泊まるってのは。
 そしたら獲れたての魚を持っていって貰えますし!」

と、人の良さそうな笑顔を向けてくるではないか。

横に座った鬼蜘蛛丸も「それがいいですよ、そうしましょう。」と
ちゃっかり拳を握って同意している。





“え。”


兵庫水軍の長が言うのだから、天候回復はまず間違いないと見て良いのだろう。
確かにもう一度出直す手間も省けるには違いない。

ただ正直、利吉はあまり他人と寝食を共にすることが好きでなく
親切心を傷つけないよう、適当に理由をつけて断ろうとした。



「残念ながら…私、何の用意も持ってきてな」
「あはははは!いやだなぁ!そんなこと気になさらんで下さいよ〜!」



哀れ、利吉の社交辞令(のような本音)は、一笑に伏される。


「お気になさるんでしたら、俺の寝巻き、貸しますよ!」
「え」
「そうだな!そうして下さい、利吉さん!」


そして既に、眼前の男たちは聞く耳を持っていなかった。


「ちょ…っ」
「あー!ひらめいたぞ、鬼!折角利吉さんが泊まって行って下さるんだ。
 明日の出漁の景気づけに、今夜はパーッと宴会でもするか!」
「おっ!いいっすね!!さすがお頭!」
「なははははは!」



勝手に盛り上がった第三協栄丸は、


「そうと決まれば、利吉さん!鬼に服借りて、ゆっくりしとって下さい。
 宴会の支度させますんで!」


と満面の笑みを残し、さっさと客間を出て行ってしまった。









またしても客間に残される利吉。

“ひ…人の話、聞けよ…っ!!!!!!”


思わず毒づきかけるが、
今度は鬼蜘蛛丸も部屋に残っている手前、そうは行かない。
チラ…と様子を伺うように視線を向けると、



「泊まって行って下さるなんて嬉しいです。」


鬼蜘蛛丸は嬉しそうに笑う。


“…泊まるなんて一言も言ってないけど…仕方ないか…。”


無邪気さにほだされて、すっと肩の力が抜けた気がした。
同時に。




「…っクシュン!!」



軽い肌寒さを自覚する。
それもその筈、五月雨に湿った肌は、わずかな間にすっかり冷えていた。

鬼蜘蛛丸が慌てて炭櫃を利吉の傍へ寄せる。



「すみません、気が利かないで…。今火を起こしますね。」
「平気ですから、お気遣いなく!」
「駄目ですよ!ほらこんなに手が冷えてる。」



言うや否や、利吉の手を鬼蜘蛛丸の熱い手が包み込み。
ドキッと利吉の心臓が跳ね上がる。



「!鬼、蜘蛛丸さん…」
「しっ失礼しました!つい!」



たった一瞬掴まれただけだったが、
熱は肌を伝ってあっけなく利吉に移り。
与えられた温もりの分、利吉の頬が紅みを増した気がして、
鬼蜘蛛丸も赤面する。





またしても居た堪れない沈黙。




「……。」
「そ…そうだ!濡れた服を着ていては風邪引きます!
 俺の服で良ければ持ってきますんで、着替えて下さい。」
「…はい。」



たぶん常の利吉であれば、これもまた遠慮したであろう。
しかし今回ばかりは素直に頷く。

そうでもしないと、同じ空間に二人でいることに耐えられそうもなくて。



“何をやってるんだ、私は…。”



再び一人になった客間で、利吉は小袖の合わせをぎゅっと握り締めた。





4へ続く

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