恋と純朴 7


「話っていうのはですね…」

利吉を寝室前で降ろしてから、
鬼蜘蛛丸は、僅かばかり言いよどんで頭を掻く。

「……は、い…。」

当の利吉はさっきまでのほろ酔いも吹っ飛び、
その場にただ硬直していた。

そりゃあ唐突に告白されるなんて嫌だが。
何を言われるのか、あからさまに分かってしまう
というのもまた気まずいもので。

忍びとして培った手練手管はどこへやら。
鬼蜘蛛丸の純朴さに良くも悪くも影響されて、
今この時の利吉は、恋に晩稲なただの18歳であった。

真剣な表情で、利吉のほうに向き直る鬼蜘蛛丸。

「あの!」
「は、はいっ。。」

確かな覚悟が宿った瞳は、
もう利吉にはぐらかす事はおろか、
視線をそらす事さえ許さない。

「もうバレバレだと思うんですけど…その…。
 俺!利吉さんに惚れてるんです!」

鬼蜘蛛丸は、多分に照れを含みながら
それでも真っ向から利吉に気持ちを打ち明けた。

「…っ。」

目と頬が、かっと熱くなって
利吉は気恥ずかしさのあまり、完全に言葉を失う。

どうしようと面を食らっている間に、
ガッと両肩に手が置かれた。

「本気なんです!俺の恋人に、なってくれませんか。」
「!!」

鬼蜘蛛丸の大きい手に、利吉の成長途中の薄い肩が
すんなり馴染み。
自分より高い体温が着物越しに伝わって、
利吉は無意識に肩をすくめた。

間髪置かず。

「嫌なら!逃げて下さい…!」
「ぇ…!?」

引き寄せられて。
後頭部に手が…と思った瞬間。
口唇に熱いものが触れる。

「……!!!」

それが鬼蜘蛛丸の口唇だと知覚した時には
がっちりと抱き込まれてしまって、簡単には逃げられない。

“逃げて、ください…って…言ったって…!”

この体勢で逃げるには、殴る・蹴るの手段に打って出る他ないだろう。
さすがにそれは…と躊躇いや焦りばかりが募り、
利吉は目を固く瞑って、ただ鬼蜘蛛丸の小袖を握り締めた。

対して、一旦気持ちを告白し、
勢いのついた鬼蜘蛛丸はあくまで強気である。

そうこうしているうち、
利吉が息苦しさに口を薄く開けると、
巧みに舌が口腔に進入してくる。

絡む唾液。

晩稲なようでいて、自分の欲しいものをしっかり貪る
鬼蜘蛛丸の姿勢は、やはり“海賊”という人種にふさわしい。

「ふ…ぅ…っっ!!」 
 
不意に歯列をなぞられて、利吉の体がビクッと跳ねた。
素直な反応に気を良くしたのか、鬼蜘蛛丸は

「かわいい…」

と腰に手を回し満足げにつぶやくが、
その目には更なる情欲が宿っていた。



「ちょ、ちょっと…待って下さい…!」
「待てません。」
「…は…!?」

おまけに、予想とは真逆の反応が返ってきて、
利吉は無意識に後ずさる。

「俺、真剣ですよ。時化で海に出られなくて、
 しかも利吉さんが泊まりに来てくれてる日なんて…
 今日を逃したら無いかもしれない。」

つまり今夜は、滅多にない千載一遇のチャンス。
この期に及んで“回答の保留”を望むのは、
いくら人の好い鬼蜘蛛丸相手でも通用しないのだ。

「第一、利吉さん。今日のことで俺を警戒して
 ますますここに来なくなるでしょう?
 そんな瀬戸際に…このまま帰すなんて出来ないです。」

射すくめるような海賊の目のまま、
鬼蜘蛛丸は笑みを浮かべた。

図星を指され、利吉も言葉がない。
同時に、自分の中の戸惑いにも今この場で
何らかの答えを出さなければいけないのだと悟った。


「…利吉さん、俺のこと、嫌いですか?」

改めて訴えかけるような目で覗き込まれ、視線をそらす。

利吉自身、これまで言い寄られた経験はあるが、
いずれも即座に丁重に断っている。
これほどまでに回答を躊躇ったことはなかった。
それが何よりの証拠で。

目の前にいる人物が嫌いなのであれば、
多分本当に殴ってでも行為を拒絶した筈だから。

「…そんなことは…」

やっとの思いで言葉を紡ぎ、力なく首をふる。
そう、魅かれていないと言えば嘘になる。

「でも…わから、ないんです…。」

駆け出しの忍びの身で、誰かの真剣な想いを受け入れ、
自分の感情に素直になることはあまりにも軽率である気がして
二の足を踏まざるを得ない。

己の感情を殺す忍びと、己の欲望に素直な海賊との違いがここにあった。

「…じゃ、試してみましょう!」
「―――…ぇ」

利吉を抱き寄せたまま、客間の襖を開けて中へ促す。
きちんと敷かれた布団が一組、目に飛び込んできて利吉の足が止まるが。
お構いなしに、鬼蜘蛛丸は利吉の手を引き導いた。

「た、試すってまさか!」
「そうですよ。体の相性も重要な鍵だって義が言ってたし。」
「!?」

言いながら、すっかり固まった利吉を抱き込み
布団の上へ大事そうに下ろす。

「俺がどれくらい利吉さんを好きか
 もっと分かって貰った上で判断して下さい。」
「…〜〜〜っ」

言うなり自分はさっさと小袖を脱ぎ捨てる。
下帯だけの姿になって、分かりやすい臨戦態勢で利吉の前に腰を据えた。

「それと、も一回言っときます。本気で厭になったら殴るなり
 何なりして逃げて下さいね。」
「そんな…!」
「大丈夫、恨みませんから!」

にかっと笑ってみせる鬼蜘蛛丸。
向けられた笑顔の無邪気さに、利吉は泣きたくなった。
同時に、


求めることを躊躇わない純朴さ
傷つくことも躊躇わない強さ
そして何より、屈託のない笑顔




ああ、私はこの人が好きなんだ


と直感に似た切なさに襲われる。


そして。
知らず滲む涙はそのままに。

利吉は、潮と太陽の匂いのする鬼蜘蛛丸の腕へ身を預けた。






8へ続く

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