stereotype 後






「あ! 利吉さんっ! なんで勝手に入っちゃうんですかぁ?」
 廊下を父の元へと足早に進む利吉を、目敏く見つけた小松田が抗議しながらもとてとてと駆け寄ってくる。
 利吉は纏わりつくように入門票を差し出してくる小松田を無視して、更に大股に突き進む。一瞬たりとも小松田を見ることなく。
「利吉さん、入門票に――」
「サインならもうしたから」
「え? あ、本当だ〜」
 そっけなく、吐き捨てるように答えると、小松田は自分の手の中の入門票を見下ろして、暢気に目を丸くする。
「もういいだろ? 急いでいるから」
「あっ 待って下さい、利吉さん! 今日はこっちにもサインして下さい。はい」
 押しのけて進もうとすると、小松田は慌てたように別の用紙を差し出してくる。気になってちらっと視線だけを走らせた利吉は、頭痛を覚えて思わず立ち止まる。

「何だ、この宣誓書って!」
「忍術を一緒に勉強しますって」
 利吉の呻き声にも、小松田は全く気づいた様子もなく、のほほんと言い放つ。
「断る」
「え。何でですか?」
 小松田は目を丸くする。まさか、断られるとは思っていなかったらしい。
 その小松田の神経を疑いそうになって、はっと小松田のペースに巻き込まれそうになっていることに気づく。

「とにかく、断る。もういいだろう? 忙しいんだ」
 突き放すように言い放つと、小松田を置いて歩き出す。
 ずんずんと突き進む利吉に、一瞬遅れた小松田が、慌てて駆け寄ってくる。しかし、それも無視。
「……もしかして。利吉さん、僕の事避けてます?」
「避けてるよ」
「えー。何でですか?」
 利吉の当然過ぎる反応にも、小松田は不満そうに頬を膨らませる。しかし、利吉は無視すると決め込む。イライラしても、反応してはいけない。
 反応なんてしようものなら、またあの日のように巻き込まれて、立ち直れないくらいのダメージを受ける気がして怖い。

「ねー利吉さん。また一緒に忍術の勉強をしましょうよ」
「断る」
「何でですか? やりましょうよ。僕、一人じゃわからないんですよね。もしかして……利吉さんは一人でやってるんですか?」
「っ!」
 思わず。小松田の言葉に赤面して振り返ってしまう。
 その時。

「どうしたんだい? 二人して」
 穏やかで優しげな声が響いて、利吉ははっとそちらを見やる。
 いつもの大らかな笑顔を浮かべた土井先生が、にこやかに近寄ってくる。ちょうど授業が終わったところなのか、小脇に名簿を抱えて。
「土井先生〜」
「な! 何でもないんですっ!」
 小松田が暢気に呼びかけるのを、慌てて遮る。そんな利吉の剣幕に、土井先生は驚いたように眼を丸くする。
 自分がいつも以上に取り乱しているのがわかって、しかもその相手が土井先生という、一番知られたくない相手と言う事もあり、自分の頬に朱が走るのを感じる。

「利吉さん、酷いんですよ。忍術教えてくれるって言ってたのに、僕が一緒にやりましょうって言うだけで、露骨に避けて――」
「わぁっ!!」
 利吉が気を取られている隙に、土井先生に現状をさらっと訴えだした小松田の口を慌てて塞ぐ。
「……利吉……くん?」
「やだな、小松田君。それは君の勘違いだよ」
 にっこりと小松田に笑いかけてから、視線を土井先生へと戻す。手は離さずに。
「じゃ、土井先生。失礼します!」
 戸惑っている土井先生を残し、小松田を半ば抱えるようにして利吉はその場を離れる。






 どこをどう走ったのか。
 学園の外れまで来た利吉は、周囲に誰の気配もないのを確認して、肩で大きく息をする。
 土井先生には、明らかに不審を抱かれているのはわかったが、あった事を知られるよりはましだ。もし、小松田との事を知られてしまったら……。

 ぞっとする。

「利吉さん、痛い」
「あ、ごめ……」
 抗議されて謝りかけた利吉は、むっとして手を離す。
 一体誰のせいで、こんな事になったと思っているのか。
 怒りを込めて睨むが、小松田はあっさりと受け流すと、逆に詰め寄ってくる。
「勘違いなんてしてません。約束したじゃないですか」
「それは君が勝手に――」
「わかりました。じゃ、山田先生とか土井先生に教えてもらいます」
「ばっ! 何を考えてるんだっ 君は!」
 あっさりと引き返そうとする小松田の手を慌てて掴む。小松田なら本当にやりかねない。

「じゃあ、利吉さんが一緒にして下さい」
「だから! そんなのは一人で!」
「一人だと、よくわからないんですよね〜」
 暢気に言い放つと、掴んでいた腕を逆に引かれて、体勢を崩したところを、かすめ取られるように唇を奪われる。
「なっ」
 慌てて、突き飛ばすように引き剥がす。
 が、一瞬、狼狽して隙ができたのは紛れもない事実で、身体がかっと芯から熱くなる。

「利吉さんって可愛い」
「かっ!」
 突然の言葉に、思わず絶句する。
 そして、小松田に絶句させられたという事に、考えるより先に口を開いていた。
「それは、あれだよな? それもあの本に書いてあったんだよな? そう言えって」
「違いますよ。僕の本心」
「あーーーーっっ!! それ以上、言うなっっ!」
 そうであって欲しいと願う利吉の祈りなど無視して、あっさりと言い放つ小松田に、声を荒げる。

「もう。利吉さんが言えって言ったのに。利吉さんって意外と我がままですね。でも、こうやって反応してもらえるとわかりやすいじゃないですか。だから、一緒にしましょう。利吉さんがしてくれないなら、僕、誰か先生に……」
 ほのめかすような小松田だが、恐らくは本気だろう。利吉が断ったら、さっき土井先生にあっさりと告白しかけたように、のほほんとした口調で、利吉としたことすらも全て話してしまう姿は、容易に想像できる。
「わかった! わかったから」
「本当ですか?」
 呻くように頷くと、瞳を輝かせる小松田を慌てて制する。

「ただし! 私は忍術の訓練に付き合うだけだからな。この間みたいのは、無しだ」
「はい、わかりました」
 小松田は素直に頷く。その笑顔のまま。
「じゃ、それ以外は僕が教えますね」
 笑顔で告げられて、頭を抱えかけて。利吉ははっと顔をあげる。
「それ以外って……。小松田君、君――」
「言ったでしょう? 僕、意外と確信犯なんですよ」
 満面の笑みで答える小松田に。
 利吉は一人頭を抱えた。









inserted by FC2 system