優位性






「よし、これで仕舞い、っと」


大木は、利吉の肩から胸にかけて包帯を巻きつけると、
パンと剥き出しの肌を思い切り叩いた。


「――ッ、痛いです。もっとやさしくしてくださいよっ」
「なに贅沢言っとるか。手当てしてもらえるだけでありがたく思え」


バンと薬箱の蓋を閉めながら大木が言うと、
ぶつぶつとなにやら不満そうな呻きが聞こえてくる。


「言いたいことがあるなら、はっきり言え」
「いいえ、なにもありません。手当てしてくださってありがとうございました」


左肩に巻かれた包帯をさすりながら、利吉はぷぃっとそっぽを向いた。
――まったく。可愛げがないやつだ。
いつからこんなふてぶてしい性格になったんだ、と思う。
利吉がまだ小さかったころは、「ましゃのすけ、ましゃのすけ」と舌足らずに呼びながら、
水鳥の雛のように大木の後をついてまわっていたのに。


今回のことにしてもそうだ。
仕事中に矢傷を受けながら、利吉は怪我の治療を後回しにして任務をこなしていたようだ。

たまたま杭瀬村を通りかかった利吉を見かけて呼びとめ
怪我に気づいたからよかったものの、
そうでなければ応急処置のままで次の任務に赴いたに違いない。
さいわい、今度の傷はそれほど深くなかったが。


「お前、こんなことばかり繰り返してると、いまに取り返しのつかないことになるぞ?」


多少の脅しも込めて忠告すると、「わかってますよ」と利吉が口を尖らせる。


「大木先生にご心配いただかなくとも、自分の身体のことは自分が一番よく知ってます」


どこか拗ねたような口調にカチンとくる。
こっちは親切心から助言してやっているのに。


「ほぉ…、お前は自分の身体のことならわかっていると偉そうに言うが、本当にそうか?」
「どういう意味です?」


大木に背中を向けたまま肌蹴ていた肩に
小袖を掛けようとしている腕をぐっと押さえ、床に押し倒した。


「なっ?」


目を真ん丸にして見上げてくる利吉に圧し掛かり、両手をまとめて捻り上げる。


「お前、自分の身体のことがわかっとるんだろ?
 なら、独身男にそんな細肩見せたらどうなるかもわかってるはずだな」


あらがう両手を頭上に拘束し、白くやわらかな首筋に噛みついた。


「ちょっ、やめてください。いくらなんでも冗談が過ぎますよ!」
「まだわからんのか、ワシは本気だ」


生肌に舌を這わせながら、空いた方の手で袴を引き下ろす。


「やだ…いや、嫌っ!」


ジタバタと身体全体で抗ってくるが、力と体格差は如何ともしがたい。


「おお、嫌がる様がまたなんとも言えんの。お前にはどこか泣かせたくなるものを持っとる」
「なに言って…ちょ、本当にやめてくださいっ!」
「聞こえんのぉ」


大体この程度をなんとも出来ないようでは、いまここで自分が止めたところで、
いずれ同じ状況になったときにどうにもできまい。
利吉は本当の意味で自分をわかっていない。
他で無体に散らされるよりいっそ、その方が利吉のためにもなる。


「嫌だ、やめっ――…!」




 *** *** ***
 



「なんじゃ、まだ拗ねとるのか?」
「知りません!」


大木が顔を覗き込もうとすると、
利吉は乱れた前をかき合わせながらぷいっと背中を向けた。


「本当に可愛げがないのぅ…」
「大木先生に可愛いと思われるなんて、冗談じゃありません。
 大体、冗談でもやっていいことと悪いことがあります」


半分涙目になりながら愚痴る利吉は、まだ先ほどの行為の意味を理解できていないらしい。


「お前、まだわかっとらんのか? やっぱり本気で痛い目見せんと駄目だったな」
「ひ…っ、わかります、わかりましたから!」


慌てて前をかき抱きながら壁際に逃げる利吉は、大木から見ればやっぱり隙だらけだ。


「いいか、利吉。自分は男だからなんて思うなよ」


ぽんっと、怯えたような利吉の肩に手を置く。


「お前は男の目から見ても十分色気がある。
 母親譲りのその小綺麗な顔だけじゃない。さっきも言ったが、なんというか…
 お前には男の征服欲をかきたてる天性の素質みたいなものがある」
「そんな素質いりません」
「あるもんは仕方なかろう。泣いてよがるお前はなんというか本当に――」


利吉の艶のある声、淫らな表情を思い出してしまうと顔がにやける。


「――っ、助平、好色! 色情魔っ!」


ペシペシと出鱈目に叩いてくるところがまたなんとも…と鼻の下を伸ばしながら、
大木はさらに続ける。


「このワシだからギリギリのところで抑えられたがの」
「……別に、抑えてなんてくれなくてよかったのに…」


ふいっとそっぽを向きながら呟いた言葉に大木は耳を疑った。


「なに? いまなんて?」
「なにも言ってません。年で耳まで遠くなったんじゃないですか?」


ううむ…と大木は首を傾げる。


「耳は常人以上の自信があるが……まぁ、空耳だろうな。
 常識的に考えてそんなことあろうはずがない」
「そうですね。大木先生のご忠告は心に留めておきますよ」


ニッ、と不敵にも見える笑顔が妙にひっかかる。


「欠点は長所でもある、でしょ?」
「お前――」
「それでは、私はこれで」


どこか嬉々として次の任務に向かう利吉は、武器を手に入れた優位顔をしている。


「ひょっとして、裏目に出たか?」


やはり無理やりでもモノにして、所有権の絶対性を主張しておくべきだったか。
利吉とは合意の上で…とは、考えが甘すぎたかと今さらながら悔やまれる。




―了―



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