うりふたつ3


「えーと、何がどうなって、こんなことに…?」

利吉は必死で現状を把握しようとする。

まず、気分を切り替えて実家へ帰ろうとした矢先、無関係な逃走劇に巻き込まれた。
そして、謎の虚無僧姿の男に自分ごと馬を盗まれ。
さらに、追っ手から逃れた後も、そのまま馬で山道を進んでいる。

“何だそれ…いくら油断してたって酷すぎるだろ…。”

分析の途中で、自己嫌悪の余りグッタリする利吉。



そこへ「申し訳ないね。」と虚無僧姿の男が声をかけてきた。
利吉は、いささか脱力気味に男を見上げる。

虚無僧独特の深編笠のせいで表情は読み取れないものの、巻き込んでしまった責任を感じているらしい。
利吉を横抱きし大事そうに腕で支えている事からも、それが分かる。


「逃げる途中馬が目に入って、でも馬だけ借りても持ち主が誰だか分からなくなるし…。」
“だからって持ち主ごと盗むかな、普通。”

合理性が有るんだか無いんだか。
珍妙な言い訳に呆れる利吉だったが、声音から伺える誠実さに気を取り直す。


「あの…まぁ済んだことは良いんです。それよりそろそろ解放して頂けませんか。」
「いや、命の恩人である君にお礼をしたい。」
「え。」
「それにまだ追っ手が潜んでいる可能性もあるから、このままひとまず私の館まで行こうと思うんだ。」

「…館?」
男の突然の申し出とその内容に、利吉は眉を顰めた。
先刻の追っ手といい、馬の手綱捌きといい、どうやら虚無僧姿はただの変装でしかないようだ。

「貴方は一体…。」

名を問いかけようとした利吉だったが、突然弾かれた様にカッと瞠目する。
「…いる!」
全身に鋭い殺気を感じ取り、キッと前方の山道へ視線を移した。

「なに?」
「前方の茂みに新手が潜んでいます。道の両脇、たぶん一人づつ。」

努めて冷静に答え、男に平静を装うよう目配せする利吉。

「…待ち伏せか。」

男は綱を手繰り寄せ、馬を引き返そうか迷っているようだった。


“今更私は無関係だって説明しても、口封じに殺されるだろうし…。”
利吉は、やむなく参戦の覚悟を決め、細く息を吐く。


「これも縁ですかね、助太刀致しますよ。」
「君が?」
「馬は止めないで。そのまま全力で走り抜けましょう!手綱を任せます。敵は私が。」

矢継ぎ早に出される指示に、驚いたようだったが。
男は、こんな状況でなお動揺の仕草一つ見せない利吉に賭けたらしい。

「分かった。」

頷いて、手綱を握り直した。



刹那。

読み通り両脇から、まさに弓を射掛けんとする人影が飛び出した。
間髪入れず。
利吉の放った棒手裏剣が、鮮やかに二人の肩へ的中する。

短い呻き声。
一瞬のうちに勝負が決まる。

手元の狂った矢は、通り過ぎる瞬間の男の深編笠を打ち落としただけで。
二人を乗せた馬が走り抜けた時、刺客と思しき人影は再び茂みへと倒れ伏していた。

「よし!」

男が快哉を叫ぶ。
深編笠がなくなって、その声はさっきより明朗に利吉の耳に届いた。

「怪我はありませんか?」

子供の様な無邪気さに、利吉はふっと微笑んで顔を上げたのだが。



「…ど、土井先生!?」


思わず声を上げる利吉。
手綱を操るその男の顔が、見知った人物に瓜二つだったのだ。







4へ続く

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