「えーと、何がどうなって、こんなことに…?」
利吉は必死で現状を把握しようとする。
まず、気分を切り替えて実家へ帰ろうとした矢先、無関係な逃走劇に巻き込まれた。
そして、謎の虚無僧姿の男に自分ごと馬を盗まれ。
さらに、追っ手から逃れた後も、そのまま馬で山道を進んでいる。
“何だそれ…いくら油断してたって酷すぎるだろ…。”
分析の途中で、自己嫌悪の余りグッタリする利吉。
そこへ「申し訳ないね。」と虚無僧姿の男が声をかけてきた。
利吉は、いささか脱力気味に男を見上げる。
虚無僧独特の深編笠のせいで表情は読み取れないものの、巻き込んでしまった責任を感じているらしい。
利吉を横抱きし大事そうに腕で支えている事からも、それが分かる。
「逃げる途中馬が目に入って、でも馬だけ借りても持ち主が誰だか分からなくなるし…。」
“だからって持ち主ごと盗むかな、普通。”
合理性が有るんだか無いんだか。
珍妙な言い訳に呆れる利吉だったが、声音から伺える誠実さに気を取り直す。
「あの…まぁ済んだことは良いんです。それよりそろそろ解放して頂けませんか。」
「いや、命の恩人である君にお礼をしたい。」
「え。」
「それにまだ追っ手が潜んでいる可能性もあるから、このままひとまず私の館まで行こうと思うんだ。」
「…館?」
男の突然の申し出とその内容に、利吉は眉を顰めた。
先刻の追っ手といい、馬の手綱捌きといい、どうやら虚無僧姿はただの変装でしかないようだ。
「貴方は一体…。」
名を問いかけようとした利吉だったが、突然弾かれた様にカッと瞠目する。
「…いる!」
全身に鋭い殺気を感じ取り、キッと前方の山道へ視線を移した。
「なに?」
「前方の茂みに新手が潜んでいます。道の両脇、たぶん一人づつ。」
努めて冷静に答え、男に平静を装うよう目配せする利吉。
「…待ち伏せか。」
男は綱を手繰り寄せ、馬を引き返そうか迷っているようだった。
“今更私は無関係だって説明しても、口封じに殺されるだろうし…。”
利吉は、やむなく参戦の覚悟を決め、細く息を吐く。
「これも縁ですかね、助太刀致しますよ。」
「君が?」
「馬は止めないで。そのまま全力で走り抜けましょう!手綱を任せます。敵は私が。」
矢継ぎ早に出される指示に、驚いたようだったが。
男は、こんな状況でなお動揺の仕草一つ見せない利吉に賭けたらしい。
「分かった。」
頷いて、手綱を握り直した。
刹那。
読み通り両脇から、まさに弓を射掛けんとする人影が飛び出した。
間髪入れず。
利吉の放った棒手裏剣が、鮮やかに二人の肩へ的中する。
短い呻き声。
一瞬のうちに勝負が決まる。
手元の狂った矢は、通り過ぎる瞬間の男の深編笠を打ち落としただけで。
二人を乗せた馬が走り抜けた時、刺客と思しき人影は再び茂みへと倒れ伏していた。
「よし!」
男が快哉を叫ぶ。
深編笠がなくなって、その声はさっきより明朗に利吉の耳に届いた。
「怪我はありませんか?」
子供の様な無邪気さに、利吉はふっと微笑んで顔を上げたのだが。
「…ど、土井先生!?」
思わず声を上げる利吉。
手綱を操るその男の顔が、見知った人物に瓜二つだったのだ。
4へ続く