君にラッキョの花束を 1


「大木先生の性格がうつったかな?」

きり丸にそう言われた瞬間、ドキッとした。
三年前のあの日、父上が言った言葉とは正反対で。

嬉しいような、困るような気持ちになったのを覚えてる。
















初めて大木雅之助という人物を知ったのは、私が十五の時。
あれはまだ、忍びの仕事に就く前の、
禅寺の参道脇にある茶屋で、住み込み給仕をしていた頃の話。




この頃世間では、栄西という徳高い禅僧の広めた喫茶文化が流行っていた。
流行に便乗し、禅宗の山門の近くには、茶を振舞う店が何軒か出て
門前町にさらなる活気を与えている。

霊験を求めて諸国から数多く信徒がやってくる寺は、
絶好の情報収集源。

今までずっと山奥で忍びの修行三昧の生活を送っていたから、
私は時勢・人情に疎く。
父上の助言もあって、本格的な忍びの仕事を請けるまでの調整期間として、
茶屋で働くこととなったのだ。

参拝帰りの信徒相手に茶を振舞っては、
世間話や各国の情勢を聞いたりする、まぁまぁ順調な毎日を過ごしていた。










そんなある日。



「うーん、いい天気!」



五月晴れの穏やかな夕暮れ。
客足も少なくなりかけたところで、私は軒を出て大きく伸びをした。
閉門間近の参道は静かな雰囲気に包まれていたのだが。








「だから!他をあたってくれんか!」


突然、男の大声が響く。

“…なんだろう?”

声の先に視線を移せば。
軽装の男が一人、参拝客目当ての遊び女を振り払おうと
足早に大通りを歩いてくるのが見えた。

「あら、つれない。参拝のご縁に極楽を見せて差し上げますのに。」
「無用だと言っておろうが。」

「でも、一目見て貴方様に心奪われましたの。」
「〜〜〜〜・・・・」




遊び女とて生活があるため、簡単には引き下がらない。
こういったやり取りは、門前町では、まぁありがちな悶着だったから


「さーて、どうなるかな。」
と野次馬程度に何となく眺めていたのだが。






ふと、しつこい勧誘に辟易する男と目が合った。
「!」
何故か背筋に走る悪寒。




男は一瞬にやりと笑ったかと思うと、
すぐに残念極まりないという顔を女に向けた。

「ああ…悪いな、実はワシは女に興味が無い。今日この門前町まで来たのも
 愛しい若衆にはるばる会いに来たんじゃ。」
「またそんな可愛い嘘を仰る。」

単なる言い逃れとして取り合おうとしない遊女。



「嘘なもんか、ほれ、ここに。」


私の目の前でぴたりと止まる男の足。







“は?”
「会いたかったぞ、利吉。」






見ず知らずの男から、いきなり名前を呼ばれた次の瞬間。
私の体はすっぽり抱きしめられ、口唇はあっさり奪われて。

柔らかで温かい感触に、目を見開く。





「ん…っ!!!」





相手が普通の人間ならば、突き飛ばして拒むことも出来た。
けれど男の力は思いのほか強く。
腰を抱えられて退くことすら叶わない。


「…ゃ…!」

突然の非常事態に焦り、声が漏れるも。


「そう照れるな。」
「!!」



からかう口調に、刹那、体中の血が沸騰したかと思った。
直後の耳打ちさえなければ、茶の湯を頭から浴びせかけていたことだろう。


 山田先生からの使いだ。



すっと鼓膜に吹き込まれる囁き。
他ならぬ父上の名を出されては、抗議の言葉を引っ込めざるを得ず。
奥歯を噛み締めて、とにかく必死で屈辱に耐えた。




「〜〜〜…っっっ」
「ほらなぁ?こいつ照れ屋でな。ま、そういう初心なトコも可愛いんだが。」



男はそのまま、ガハハと大仰に笑って肩を抱き寄せてくる。
事情を知らぬ者の目に、行き場のない怒りで真っ赤となった私の表情が、
「単なる恥じらい」として映ったに違いない。



遊女は、フンと啖呵を切って、次の客を探すべく去っていった。









2へ続く

inserted by FC2 system