大木雅之助、三十三歳。
どこまでもマイペースなのが自慢、だった。
…だった。
表現が過去形なのにはワケがある。
人づてに、
「利吉がふぶ鬼の家庭教師を引き受けた」
と聞いたのはつい先日のことである。
たいがいのことに驚かなくなった大木雅之助だが、
その時は流石に度肝を抜かれた気分だった。
十の子供にまで仕事中毒と揶揄される程、多忙を極める利吉が。
その間隙を縫って、家庭教師までするとはもはや正気の沙汰ではない。
…過労死するぞ!?
なんて(冗談ではなく)不安になって。
顔には出さなかったものの、以来農作業の効率が格段に落ちた。
そして人づてに
「利吉が家庭教師を始めたのは、風鬼にしつこく頼まれて断りきれなかったから」
と聞いたのは、ほんの数時間前のことである。
確かこの間会った時も、
落ち込んでた風鬼の相談に乗ったとか言っていたのを思い出す。
ドクタケ忍術教室には忍者も教師も揃っているだろうに。
何でよりによって度々利吉に声をかけるのか。
悪意を以って近づこうとしているのなら、全く心配する必要はない。
ドクタケ程度であれば利吉の敵ではないからだ。
しかし好意をもって接せられれば、利吉は意外と弱い。
百戦錬磨のようでいて、色恋沙汰はてんで晩稲。
おまけに鈍感。
大木が憂慮しているのはそこだ。
風鬼め、まさか利吉を狙っているんじゃあるまいなと
勘繰り始めたら止まらない。
「ちっ」
ただでさえ効率の落ちていた農作業の手が、完全に停止する。
もうすぐ農繁期。
今日にでも農具の手入れを終わらせるつもりだったが、
気づくと足が勝手にドクタケ城へと向かっていた。
2へ続く