どこにも属さない 4


目を閉じて大人しく待つ利吉の枕元では、
着々と用意が整えられていた。


手桶には井戸からくみ上げられたばかりの水が湛えられ、
処置に使う道具の先端は全て火で焙り入念に消毒される。


完了を報告してくるすご腕の部下たちの仕草にも、
緊張と戸惑いが滲んでいる。

もとより気のおけない連中だから、側にいるうちに
おおかた利吉の置かれた状況を汲んで同情してしまったのだろうが。

鉛玉は体内に長く在ると鉛中毒を引き起こすこともある。
それゆえに怪我人の身体を第一に考えるなら、今何をすべきかは明白。


そして最後に、すご腕は


「利吉、舌を噛んだらまずい。布を銜えておけ。
それから痛みに暴れないように、手足も固定させてもらう。」


そう利吉に確認をとった。


…というのも、すご腕は、今までいくども合戦場で
負傷した部下や兵に似たような処置を施してやったことがあるのだが、
恐怖で気を失うもの、怒り暴れるもの、大声で泣き出すもの…実に様々で。

刃物を扱う処置の最中で暴れられてはかなわない。
多少手荒でも、そこは経験上必須だと思っている。


「…はい!」
「よし、じゃあ始めるか。」


利吉の同意を合図に、酒を口に含み手に吹き付けると、すご腕は道具を手に取った。




***



しかし。
施術が始まって、すぐに。

すご腕は再び驚かされることになった。

摘出に際して壮絶な痛みを感じているはずなのに、


「――――――…っ!!」


利吉は声になるかならないかの呻きを上げるだけで、
決して固く閉じた双眸から、涙を落とすことはしなかったのだ。


“記憶を無くして、なお体が…感情を出すことに抵抗しているのか。”


心に刃を立てるの文字通り、こんな状態でも
無意識に「忍び」で在ろうとしているのかもしれない。


髪は一つに結わえられ、露になった細い項が、ただ苦痛に震えていた。


己より年若の、それもこんな薄い肩をした、
目の前の人間が、やはり“山田利吉”なのだと実感するすご腕。

いっそ幻滅するほどに暴れ喚いたりすれば良いものを、
声なく涙なくただ耐え忍ぶ人間の姿というものは、余計痛ましく始末に悪い。



それは、利吉の枕元・足元にいる部下たちも同じだったらしい。
手足を抑えていろと指示したはずが、利吉がほとんど暴れないのをいいことに
いつの間にやら励ますように握り返している。


すご腕は仕方ないとばかりに、ほんの少しだけ手を止めて利吉の耳元へ囁いた。


「…利吉、いいから好きに声を出せ。それから泣くんだ。泣いていい。
 そのほうが………少し、楽だ。」


―お前も、俺たちも。


すご腕の言葉を聴いた途端、利吉の目が僅かに見開かれる。

何かに赦されたのか、堰を切ったように、
透明な雫が色素の薄い瞳から静かに零れだした。


「…良い子だ。続けるぞ。」


思わず頷いて、笑みをみせるすご腕。

もちろん再開していきなり、大きく態度が変わるわけではなかったが。

それでも、時折利吉がむずがる赤子のように痛がり泣く姿は、
さっきより周囲に安堵を与えていた。







5へ続く

inserted by FC2 system