恋と純朴 5


「さて、と」


あらかた宴の用意も整い、あとは炊事方の準備完了を待つばかり。
日も暮れかけた黄昏時に、義丸は一人、
利吉のいる客間へ向かって渡り廊下を歩いていた。


無論、鬼蜘蛛丸には内緒である。


“…敵を知り己を知れば何とやら、ってね。”


正確に言えばこの場合、「己」ではなく鬼蜘蛛丸のことだが、
そもそも鬼蜘蛛丸の懸想に勝算の見込みがあるかどうか。



まずは小手調べ…と洒落込んだのだった。



“ほんと、俺って仲間思い!”


…半分退屈しのぎの興味本位も無いことは無いけれど、
まぁそれは置いといて。



「利吉さん?失礼しますよ。」

襖をゆっくり開けると。
見慣れた鬼蜘蛛丸の小袖に身を包んだ利吉が、振り返る。


「義丸さん。」
「あらかた宴会の用意が整いましてね、そろそろ…と思って。」



浜の娘達を虜にしてきた、とっておきの笑顔で利吉に微笑む義丸。
娘達と同じ反応を期待していた訳ではなかったが、


「有り難うございます。」

案の定、特に動揺もせず頭を下げる利吉。

逆に。
こうやって二人きりで間近で、利吉と接するのは
初めての義丸。


“…お。”

利吉の他愛ない所作の美しさ、
そして肩から流れるように垂れる、はしばみ色の長い元結。


美人を見る目は肥えている、と自負のある義丸でも
ちょっと視線を釘付けにされてしまうような。
独特の空気。

衣擦れの音さえ耳に心地いい。



“あー…こりゃ、鬼のヤツが惚れこむのもしょうがない!”

なんて内心、痛快に思った。
そして、


「へぇ…同じ小袖でも、着てる人間が違うと変わるモンですね。」

流れに乗じて、さりげなく話題を鬼蜘蛛丸へ寄せてみた。
が、瞬間、利吉の瞳が丸くなる。

僅かな沈黙の後、


「……あぁ、なるほど。そういうことですか。」
「へ?」
「鬼蜘蛛丸さんの応援、…ですね?」


値踏みされるような視線が、きっと義丸を捕らえた。


「あちゃ、バレてんだ?」


気取られているなら、隠しても意味が無い。
悪びれも無く、義丸は手の内を見せた。


その態度に「呆れた…」と言わんばかりの利吉のため息。


「…はっきり気づいたのは、ついさっきですけど。」
「あー、まぁしゃーないよなー、アイツ
 そういうこと隠せないタイプだからさ〜。」

「そうでしょうね、……そういうところが
 鬼蜘蛛丸さんの良い所なんでしょうけど。」


と言って、利吉は視線をそらしながら呟いた。
声音に、僅かに混じる優しい気配。

場数を踏んだ義丸ですら、
ともすれば見逃してしまいそうになる程
微かなものだったけれど。



“…あれ?ひょっとして、これは脈あり?”


喜ばしいような、どこか妬けるような。
顔色をもっと読み取ろうと、集中しかけた義丸に


「それにしても」

あさっての方向を向いたまま、利吉が言う。


「残念です、私は義丸さんをお慕いしていたのに。」


大げさに肩を落として見せる利吉。
一瞬耳を疑った義丸だったが。


「……え。なにそれっっ!!!」

冗談だと分かりつつも、
冗談にせよそんなことを言うってことは
憎からず思われている証で。

思わず顔がニヤける。

「あーあ、鬼蜘蛛丸さんとの仲を応援されるなんて、
 私は何とも思われていなかったんですねー。」


なおも利吉は大げさに悲しんでみせた。


「ちょ!ちょ、りきっちゃん?」
「馴れ馴れしく呼ばないで下さい。どうせ私なんか。」
「俺はいつでも!てか、応援なんかやめやめ!!
 りきっちゃんが俺のものになってくれるなら、ね。」



水軍きっての色男。
すかさず利吉の肩に手を回し、不敵な微笑を浮かべた。


「どうしましょうかねぇ。」

利吉も負けじと微笑み返す。



鬼蜘蛛丸の話題をはぐらかそうとする利吉と、
どうしてはぐらかすのか、その真意を探ろうとする義丸。



これは駆け引き。三文芝居。



“うーん…、こゆとこやっぱ食えないなぁ。。
 俺でさえこんな白々しい会話に引っ張り込まれちゃうんだから
 鬼なら、速攻かわされるわ…。”



しかし、拒否反応を示していないあたり、
どうやら全く脈がない…という訳でもなさそうだし?


心の中で義丸は算段する。


“こりゃぁ中途半端に仕掛けてもダメだ。
 やっぱり鬼は鬼らしく、直球勝負しかないな。”


そう見通しをつけたところでちょうど、
鬼蜘蛛丸本人が、利吉を呼びに来た。

宴の用意が整ったらしい。



それぞれの事情を孕んだまま、
三人は連れ立って大広間へ向かった。






6へ続く

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