恋と純朴 6


宴も酣(たけなわ)。

最初でこそ、鬼蜘蛛丸・義丸の動向に
警戒心を払っていた利吉だが。

客人として上座、第三協栄丸の隣に座らせて貰えたことで
多少の安堵を得ることができた。


それに明日海に出られると分かった彼らの嬉しそうな
顔を見ていると、色恋沙汰など大事の前の小事である。


“この場にいれば、むしろ安全かもしれない。”


いつも単独行動の利吉にとって、
賑やかな酒席は久々でもある。


勧められるままに盃を仰ぎ、彼らの談笑に耳を傾けた。


もちろん、利吉は、かなり酒に強い。

別に特段美味しいと思わないため、
あまり自分から飲もうとしないが。
仕事柄、相手が酔い潰れるのを待たねばならない
場合だってあるワケで。


夜も更けるにつれ、案の定、海賊衆が先につぶれていく。


「さぁーて!明日に備えて、俺はそろそろ寝るかぁ!」

頭である第三協栄丸が切り出したのをキッカケに
他の者達も自室に戻ったり、その場で雑魚寝をし始めたり。


“良かった…。”

人知れず、利吉はほぅっとため息をついた。

鬼蜘蛛丸の気持ちも、自分の戸惑いも
全てうやむやに…“なかったこと”にしておきたくて。


適当に酔ったふりをして、退室すれば
さしもの義丸・鬼蜘蛛丸もこれ以上の詮索は
してこないだろう。

いや、2人とも結構飲んでいるようだから、
ひっそり部屋を出れば、気付かれずにすむかもしれない。



「えと…、私も少し酔ってしまいました。
 今日はこれで部屋に下がらせて頂きますね。」


目立たないよう近くにいた海賊衆に会釈しながら
襖に手をかけた途端。




「じゃ、鬼が部屋まで付き添いますよ。」

離れたところに座っているはずなのに、よく通る声。

杯片手に、義丸がしれっと言い放った。


“…え、俺?!”

当の鬼蜘蛛丸の反応は鈍い。
けれど、そこは馴染みの二人組。
以心伝心するには、一瞬の目配せで十分だった。



“いーから!正攻法でビシッと決めて来い!”
“義…”


手荒く背中を叩かれて、鬼蜘蛛丸が立ち上がる。


「そんな…私は大丈夫ですので。鬼蜘蛛丸さんは皆さんと」
「いやっ!こいつらとは、いつでも飲めるんで!」


後ずさりしかけている利吉に、大股で歩み寄る。
酒が入っているせいか、心なし目が据わっていて
不覚にも利吉は気圧された。


「それに利吉さん…ほっぺた…赤いスよ。
 結構酔ってるんじゃないですか。」


言うや否や、大きな手で利吉の両頬を包む。


“ひゃ…っ”

びくりと体を震わせる利吉。
真剣に心配の眼差しを送る鬼蜘蛛丸の目を、
もはや正視できなかった。



見え見えの戯言にも乗ってくれる義丸なら、
まだはぐらかしやすいのに。

鬼蜘蛛丸相手だと軽口が出てこない。
その手を邪険に振り払うことすら躊躇われる。


利吉なりに、彼の純朴な人柄を尊重してのことだったが、
言葉を選ぶ間もなく


「さ、行きますか。」
「は、…ぅわ…っ!?」


鬼蜘蛛丸は、利吉を軽々と横抱きに抱き上げた。

驚いた拍子にうっかり利吉が襟元にしがみつくと、
嬉しそうに笑いかけてくる。


「しっかり掴まって下さいね。」
“…ちょ…っ”


息を呑んだ瞬間に、再び感じる潮の香りと太陽の匂い。
優しい眼差し、熱い体温。



それは、自分に無いもの。
忍びのこの身で求めるべきではないのに、 なお惹かれてやまぬもの。

「…っ」

胸が苦しくなって、何故か泣き出しそうになるのを 必死で押し殺しながら。


「…嬉しいな。利吉さんをこんなふうに抱けるなんて。」


向けられる、真っ直ぐな恋心に。

…自分は。
目の前の優しい人に愛される資格があるだろうかと。



利吉は躊躇う。

心の中で、確かな恋慕の情が芽生えている、
その事実を認めきれないまま。


離れの寝室へ到着する。


鬼蜘蛛丸のほうは、静かに覚悟を決めたようだった。


「利吉さん、少し…話があるんです。…いいですか?」


夜の海のように深い色を湛えた、鬼蜘蛛丸の目が
利吉を捕らえた。





7へ続く

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